眠り姫5

 

「私のこと好きになってください。側にいて欲しいんです!」

衆人環視のこの状況で、よくもまぁと思うくらい美月の勢いは止まらない。 
全く気付いてないんだろうか?
さすがにサクラちゃんは周りの状況に気付いているようで、真っ赤な顔になっている。
「も、もちろんサツキのことが好きよ。何かあったら、いつでも……」
「違います!そういう好きじゃなくて、本当の恋人になってください!」
「おぉ」と、どよめく周囲の声に、サクラちゃんの顔が今度は真っ白になる。
「で、でも、女の子同士だし恋人はさすがに……」
「性別なんか関係ありません!!」
沸き起こる拍手。
と同時に、チラチラとオレに注がれる視線。
この状況にオレがどう対応するのか興味津々といった所だ。
そりゃあさ、別に隠してませんよ?オレはサクラちゃんが好きですよ。
でもさ、それと、この中に割って入るのは違うと思うんだけど。

「と、とりあえずこの件はまた話しましょ。私、そろそろ仕事行かなきゃ」
そこでサクラちゃんがオレの方を見る。
「ナルト、行くわよ」
「お?……おう」
オレはチラッと美月を見た。バチッと目が合う。
ま、気の毒だが、こんなもんだろうな。
でも、共にサクラちゃんに惚れる身。おまえの気持ちは痛いほどわかるってばよ。
オレは同志への同情の気持ちをこめて美月を見やった。

その時、サクラちゃんの指がオレの肘にかかる。
「ほら、早く行くわよ」
オレはサクラちゃんに引っ張られる形で歩き出した。
サクラちゃんのシャンプーの香りがふわりと鼻をくすぐる。サクラちゃんは余程動揺しているのか、いつもより距離が近い。ほとんど腕を抱えられていると言ってもいいような体勢で、だからその何だ?オレの腕にサクラちゃんの胸がぶつかっていたりなんかして……。うわー、これ超ラッキーだってばよ。

と、つい緩みそうになる頬を必死で抑えていたら、後ろから、ものすごい殺気を感じた。
美月だ。
「私、サクラ先輩が火影になるべきだと思います!」
叫ぶような声に、サクラちゃんの足が止まる。
「こんな、単純スケベな人が火影なんて許せません!」
「オイ!誰が単純スケベだよ?!」
「あなたに決まってるでしょ!何よ、ニヤニヤしちゃって!!いやらしいこと考えてたんじゃないでしょうね!!」
思わずギクリと肩が動いてしまうのは、どこか後ろ暗さがあるせいか。

「こんな人が先輩を顎で使うなんて絶対イヤ!!」
「あー、いや、どっちかと言うとオレの方が顎で使われてるんだけどね」
フォローになってるんだか、なってないんだかわからないけど、とりあえずなだめに入ってみる。
……が、美月は止まらなかった。
ツカツカと近づいてきて、サクラちゃんからオレを引きはがすと、サクラちゃんの手を強く握った。
「サクラ先輩が火影になればいいんです!そうすれば綱手様の時のように医療班から補佐が選ばれるはず。私、補佐として頑張りますから!」
「え、あ、でも、ナルトは火影になったばかりだし……」
サクラちゃんが引き攣りながらも笑顔で返すと、
「大丈夫です」
美月は自信たっぷりの笑顔で応えて、それからオレを向いた。
「火影の座、譲ってくれますよね?」
ニコニコニコ。
「……あ?」
「私とサクラ先輩の幸せのために潔く身を引いてください」

……プチン。
オレのどこかが切れる音がした。

オレは手を伸ばすと、サクラちゃんの手を引っ張って美月の手から取り戻した。
「誰が身を引くかってばよ!」
サクラちゃんの腰に腕を回し、しっかりとその身を確保する。
「ちょっと!サクラ先輩を離しなさいよ!!」
美月がサクラちゃんに向かって手を伸ばすのを、させじと背にかばい睨みつける。
「オレはぜってー火影をやめねーからな」
「じゃあ、サクラ先輩は返してよ!!」
「サクラちゃんはオレの補佐なの!!おまえなんかに譲れるか」
「何ですか?それ!恋人でもないのに図々しい!」
「図々しいのはおまえだってばよ!」
「違います!あなたなんか何も知らないくせに……!」
「おまえが何を知ってるってんだよ!オレはガキの頃からずーっと一緒なんだぞ!!」
「ずっと一緒だからこそ、わからないことってあるでしょ!!この鈍感男!!!」
「鈍感で悪かったな!!!」
よくサクラちゃんに言われる言葉「鈍感」が、他のヤツに言われるとこんなにムカつくもんだとは思わなかったってばよ。

「ちょっと、二人とも、もう止めなさいよ」
牽制し合うオレと美月の間にサクラちゃんが顔を出す。
が、
「サクラちゃんは」「サクラ先輩は」
「「黙ってて!!」」
二人同時に叫んだ。
それから、二人息を切らして睨み合う。
「……勝負しましょう」
「それしかねーな。どこでやる?演習場か?」
「何言ってるんですか。まさかケンカとか忍術比べとか言い出すわけじゃないですよね?火影のくせに!だから男って野蛮で嫌い」
フン、と鼻を鳴らされる。
オイ、こんな時ばっか火影扱いかよ。
……そりゃあ確かに女の子相手にケンカも何もないけどさ。
「じゃあ、何で決めるのがいいんだよ」
オレが口を尖らせたら、美月はフフンと人差し指を上に向けた。
「サクラ先輩と言えば知性。やっぱり筆記試験でしょ!」
「何だよ、それ。不公平だってばよ」
「あら、負けるのがわかってるのね」
「何だと~~~?!」
「本当にもういい加減止めてよ。私、そんな勝負認めないからね」
サクラちゃんの声は耳には届いてたが、売られたケンカ、お買い上げせずにいられるかってんだ。

その時、
「熱い……!熱いぞ!!おまえら、青いな!」
突如かけられた野太い声にオレたちは皆振り返った。
そこにいたのは肉屋の主人、そしてゲキマユ先生。
「フッ、おまえら、青い春、真っ只中じゃないか!」
「オレたちの若い頃を思い出すなぁ、ガイ先生よ」
「ああ、マドンナにどっちがより多く声をかけるかで、随分張り合ったものだったな」
「最後はオレが勝ち取ったがな」
「あの頃は、彼女があんなに太るなんて思いもしなかったが……」
ハッハッハと笑い合うゲキマユ先生と肉屋の主人。
「……あのさ、ゲキマユ先生、何しに現れたんだってばよ?」
オレの言葉にゲキマユ先生は「ああ」とポンと手を打った。
「その勝負、オレたちが見届けてやろう!」
「別に見届けなくていいってばよ」
げんなりとして答えたら、
「もう、そういうわけにはいかないだろう。火影VS美少女、サクラ争奪戦の結末を皆が楽しみにしているのだからな!」
「え、皆……?」
そこで自分の置かれた状況を思い出す。
途端に耳に届いてきた、里の人たちの声。
「どっちが勝つか賭けようぜ」
「そりゃあ、当然火影だろ?」
「それじゃあ面白くないだろ。ハンデはどうする?大体どういう勝負になるんだ?」
観客がたくさんいたことをオレはすっかり忘れていた。
チラッとサクラちゃんを振り返ったら、サクラちゃんは眉を吊り上げそっぽを向いていた。
美月は美月で憮然とした顔で口を引き結んでいる。
でもそれでも、戦意は全く喪失していないようで、オレと目が合った途端、ギラギラと睨み返してきやがった。

「で、何で勝負するんだ?」
腕組みをしたゲキマユ先生が首を傾げて口を開いた時、フッフッフ……と不気味な笑い声が響いた。
「その勝負、ボクも参加させてもらいますよ」
つむじ風と共に現れたのはゲジマユ。
「おぉ、リー!やはり現れたか!」
また面倒なヤツが現れた。
「……ゲジマユ、おまえさ、いい加減、諦め悪ぃよな」
「ナルトくん、君には負けませんよ!」
ゲジマユがフフンと不敵な笑みを浮かべる。
「あ、あの、リーさん。これはそういう勝負事じゃなくて、えーと……」
サクラちゃんが困惑顔でゲジマユに声をかけた。
なんかさ、納得いかねぇんだけど、サクラちゃんはゲジマユには優しいんだよな。
前にそれを突っ込んだら、サクラちゃんは「だって、リーさんだし」と答えた。
その昔、ピンチの時に何度か助けてもらったことに恩義を感じているらしい。
でも、それならオレにももう少し優しくしてくれてもいいんじゃね?

文句タラタラで腕を組んでいたオレの目の前でゲジマユはサクラちゃんの手を取った。
「サクラさん、ボクはあなたを一生守ると誓った。だから、どうかあなたの側にいることを許してください」
「え……」
沸き起こる観衆のどよめき。サクラちゃんは更に真っ赤になって下を向いてしまった。
くっそ、何でこいつ、こんなにストレートにそんな背中が痒くなるようなセリフを吐けるんだよ?
いやいや、オレだって前に一生の約束をしたんだ。そうだ、ビシッと言ってやろう、ビシッと。
と、口を開きかけたが、オレたちの“一生の約束”ってサスケに関することで。それってこの状況で言うのは何だか違うよな。
躊躇して口ごもったオレの後ろから、キンキン声のブーイング。
「ちょっと、そこの顔の濃い人!サクラ先輩から離れなさいよ!!」
美月が真っ赤な顔をしてゲジマユに指を突きつけ、それからその指をオレにも向ける。
「あなたも黙ってないで、何か言ってやりなさいよ!」
仕方なくオレは口を開いた。
「そーだ、そーだ。顔が濃いんだからセリフはアッサリしとけってばよ」
……ダメだ、決まらねぇ。
それに、いかにもガッカリしたような聴衆のため息が耳に届く。
悪かったな、ほっとけってばよ。

「では、何で勝負しましょうか?」
片足立ちでポーズを取って尋ねるゲジマユに、オレと美月は顔を合わせた。
「忍術、知力はダメとするとなー……」
「では、根性で勝負しましょう!誰が一番長く逆立ちをしていられるか!」
「はぁ?」
目を剥く美月に、オレは手を振って見せた。
「ああ、そいつの言うことは無視しておいていいから」
その時、しばらく黙って話を聞いていたゲキマユ先生が口を開いた。
「おまえたち、サクラ争奪戦ならサクラを一番喜ばせることが出来た人間が勝ちなんじゃないか?」
オレたちはハッと頭を上げてサクラちゃんを探す。が、
「あれ?サクラちゃんは?」
さっきまでいた位置に彼女の姿はなかった。
「怒ってどこかに行ってしまったぞ」
「えー!」
美月が声をあげる。
「ま、いいんじゃないか?勝負内容は本人が知らない方が盛り上がるものだ」
肉屋の主人が笑いながら言う。
「じゃあ、サクラ先輩をデートに誘うことが出来たらっていうのはどうですか?」
美月が不敵な笑顔で口を開く。
「そ……それはダメだってばよ。サクラちゃんは忙しいんだ。デートなんてしてる暇ない」
と、もっともらしくノーを出す。
だって、デートに誘ってOK貰った試しが無いから。勝負になる気がしない。
「では、サクラさんが喜ぶ贈り物をした人が勝ちというのは?」
ゲジマユがそう言い出すが、オレは首を振った。
「ゲジマユ、おまえ、サクラちゃんに喜んでもらえる物を出せる自信があるのかよ?」
「え……」
オレがしゃくって見せた顎の先には、更に不敵な顔をしている美月の姿。
女の子へのプレゼントで、女の子以上のものを出せる自信なんかあるわけもない。
「そ、それは……確かに、ボクはセンスには自信がありません。……でも、贈り物はやはり物よりも真心が通じるものではないんでしょうか!!」
「オイ、やめとけって。ぜってぇ後悔するから」
「あら、私はそれでもいいわよ?」
美月はニコニコと笑ってやがる。
「いや、ダメだ。もっと公平な勝負じゃなきゃ意味がねぇ」
一人勝ちすることわかっててやらせる程オレはバカじゃねぇ。
勝負は土俵からだ。
何なら勝てる?何なら……
必死に考えを巡らせていたら、美月がブスッと口を尖らせて口を開いた。
「さっきから文句ばっかりつけてますけど、最初から負けるってわかってるならこの勝負おりたらどうですか?」
カチン。
さすがにムカつく。
「じゃあ、サクラちゃんを一番笑顔に出来たヤツの勝ちってのはどうだってばよ?」
フンと鼻息荒く言葉をつぐ。
美月とゲジマユは少し黙った後、互いに顔を見合わせた。
「確かにガイ先生もおっしゃいました。サクラさんを一番喜ばせることが出来た人間が勝ちだと」
「でも、一番喜ぶってどういうこと?抽象的な気もするけど?」
「じゃあ、サクラさんに笑ってもらった数で勝負というのは?」
「笑った数か。うん、そうだな。それいいんじゃねーか?ハンデもないし」
「そうですね。サクラ先輩を笑顔にさせることなら、私自信ありますし」
「ええ、ボクもです。サクラさんはボクには優しいですから」
「あぁ?オレが長く一緒にいるんだから、オレが一番間違いなしだってばよ!」
ハッハッハと大きく笑ってから、はたと気付く。
待てよ。
オレ、サクラちゃんを笑わせたことってあったっけ?
怒らせてばっかじゃねーか?

「では、一週間後の今日までに何回サクラさんを笑わせられるかで勝負ですね」
「あ、あのさ」
やっぱり止めた方がいい気がする。今までだって全くと言っていいくらい笑顔を見せてもらってないのに、ここから先の一週間で出来るわけがない。
「やっぱり他の勝負に……」と続けようとしたオレの肩がガッチリと抱かれた。
「よし、笑顔対決で決まったようだな。頑張れよ!」
見上げれば、ガイ先生が満面の笑みでバシバシとオレ達の肩を叩いていた。もう覆せない。

「ところで参加はこの三人か?他にはいないか?」
ゲキマユ先生がオレたちの肩を抱きながら、周りを見回した時、
「ボクも参加させてよ」
ニコニコと空気を読めない笑顔で現れたのはサイだった。
「よくわかんないけど楽しそうだからボクも仲間に入れてよ」
オイオイオイ……。なんかどんどん面倒なことになってく気がする。
オレは引き攣りながら口を開いた。
「いや、これ、仲間とかそういうことじゃねーんだけどよ」
「だって、サクラを笑顔にさせればいいだけでしょ?簡単じゃない」
「何ですか、このネクラそうな人。顔はいいけど感じ悪ーい」
「君は感じの悪い美人だね」
「はぁ?何ですって?!」
「大体、サクラの笑顔の数って誰が数えるのさ?まさか自己申告じゃないよね?」
「え……」
オレたちは顔を見合わせる。
「いくら証人って言ったって、ガイ先生にそんなこと頼めねーもんな」
「だから、ボクがカウントしてあげるよ」
「え、でも、サイくんも勝負に参加するんですよね?」
「うん。でもボクは別にサクラの側になんていたくないから、中立に数をカウントするよ?でもまぁ、多分ボクが一番多く彼女を笑顔に出来ると思うけどね」
サラッと言ってのけたサイに場の雰囲気が一気に殺気を帯びる。
「何なの?!この人!最悪に感じ悪い!!」
「サイ!てめぇフザケんな!!」
「聞き捨てならないです!サクラさんへの冒涜はボクが許しません!!」

それから四人顔を突き合わせて互いに睨み合った。
「てめーら全員叩きのめす!」
「ライバルが何人に増えようとボクは負けませんよ!」
「男たちには負けないわ!!」
「ところでさ、サクラのどこがそんなにいいの?教えてよ」

若干一名、空気を読まないヤツを含めつつ、
「四人とも頑張れー!!」
ゲキマユ先生と、里の商店街の会長である肉屋の主人との立ち会いのもと、戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。

 

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