微睡

 

うたた寝をして、目覚めたら金色のツンツンしたものが目の前で風に揺れていた。
何だろう?こんなぬいぐるみ、家にあったっけ?とぼんやり眺めて数秒、やっと頭が回転し始めた私は
「ひっ」
息をのんでその物体を払いのけた。
パシーン、と小気味いい音を立て、その物体は飛んで行った。

 

- 微睡 -

 

「女の子の寝顔を眺めるなんて、失礼よっ!」
腕を前で組み、目の前の金髪男を見据えながらそう言ったら、その男は、はたかれた頬をさすりながら
「何で?」
と口を開いた。
文句があるようなないような顔は昔から同じ。コイツ、もしかしてマゾなんじゃないかしら?

「何でって……」
そりゃあ、寝ている時にどんな顔しているかなんてわからないじゃない。
もしかしてヨダレを垂らしていたかもしれない。
寝言を呟いていたかもしれない。
目を開いたままの酷い顔で寝ていたかもしれない。
でも、そんなこと言えるわけもない。
私が言い淀んだら
「大丈夫。イビキかいたりしてなかったってばよ?」
あっけらかんとした言葉が返ってきた。

ガツン!

「一体いつになれば乙女ゴコロを理解するわけ!?」
反射で腕が動いたのは久しぶりだ。
「仕方ねーじゃん、オレ、乙女じゃねーし」
殴られた頭をさすりながら、やっぱり曖昧にヘラヘラと笑うナルト。
私はハァと大仰にため息をつくと横を向いた。

春、窓からは暖かい春の風が優しく吹き込んできていた。
ナルトもここから入って来たに違いない。

私は立ち上がると窓辺に寄って静かにガラス戸を閉めた。
うたた寝していた身には、その風が少し冷たかったから。
同時にナルトに背を向け、ヨダレを垂らしていなかったか、こっそりゴシゴシと口元をこすってみる。

クシュン

こすったのが引き金になったか、
クシュン、クシュンと数回立て続けにくしゃみが出る。

「風邪ひいたのか?」
その言葉と同時に、額に触れてくる冷たい掌。

「わっ!」
思わず硬直してしまった私に、ナルトの口が困ったように開く。
「あ、ごめん」
その手は私の額から離れ、5cmの距離を保った。
「べ、別にいいけど」
そう答えてしまってから失敗に気付く。無意識に出て来てしまう可愛くない口調。
そうじゃなくて、どう言うべきだった?「ありがとう」?「大丈夫よ」?
でも、ナルトに対してそれって、私のキャラじゃない。

「別にいい」をどう取ったのか、ナルトは手を引っ込め、そのままゴシゴシとズボンでぬぐっている。
何よ、それ。私のおデコが汚いとでも言いたいワケ?
言っておくけどね、アンタのズボンの方が何百倍も何千倍も汚いんですからね!!
……と、言いたいけれど我慢してまた横を見る私。
こちらも多少は大人になったらしい。

ナルトとそれっぽい関係になったのが、つい先日のこと。
ナルトの粘りにほだされたのか、それとも私から口を開いたのかは、まぁ置いておいて
とにかく、それからナルトはちょこちょこと顔を出すようになった。
それは別に構わないんだけれど、でも何ていうか何かが前とは違ってしまってやりにくい。

ニコニコと罪のないような顔、期待たっぷりの顔で正面から来られても、私はどうしていいのかわからないのだ。
どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのか、どこまで許していいのか。
ナルトとは、気を遣わない姉弟みたいな関係でずっと来た。
だから、急に恋人だ、それらしい雰囲気を、と言われても困る。

でも、ナルトはそういうのをピョンと飛び越えて、ただひたすらニコニコとそこにいる。
まるで私の許しを乞うように、ご褒美を待つ子犬のように、じっと様子を覗われているようで私はとても居心地が悪かった。
勿論、ナルトがそんなつもりではないことは分かっているのだけれど。

来ればいいじゃないの。
どうせなら強引に迫ってくれればいいのに。
そうしたら、こちらだって覚悟ってものがつけやすいのに。
でも、そんなこと言うわけにもいかないじゃない。

ええい、いい加減に気付け!この微妙な乙女ゴコロに!!

拳を握りしめて振り返ったら、ナルトは真剣な顔で私を見つめていた。
「え、何?」
く、来る!?
ドクンと心臓が大きく一つ撥ねる。
い、いいわよ、私はいつでも。そうよ、来るなら来い!!

覚悟を決めて身構えた私、ナルトをじっと見返す。
なのに、ナルトは途端に目を逸らして手を首の後ろに回した。

「何で泣いてたんだよ?」
「え?」
「怖い夢でも見た?」

話が読めず、たっぷり10秒考えて
それから、さっき自分が寝ていた時に泣いていたのだろうと気付く。
徐々に記憶が繋がっていく。
ああ、そうだ。私はそれで起こされたんだ。

「ちょっとね、嫌な夢を見たの」
「嫌な夢?」
怪訝そうなナルトの顔。
でも、私が少し躊躇して口をつぐんだままでいたら、ナルトは黙って向こうを向いた。
こういう時しつこく聞いてこないのは、昔からのナルトの距離感。
仲間だからなのか、それ以上に気を遣ってくれていたのか
とても自然にそうしてくれていたから、私は気づかなかった。

でも、
今はそれじゃダメだよね。
私はナルトの袖を軽く引っ張った。
「大丈夫。夢だから」
笑顔で。

ナルトが遠くへ行ってしまう夢だった。
サスケ君と肩を組んで行ってしまう夢。
私は一人、遠ざかる二人の背中を何も出来ずに眺めていた。

私、間に合わなかったんだ、って思った。
ナルトに待ってて、って言ったのに。
サスケ君のこと取り返すって誓ったのに。

私一人、何も出来ないまま取り残された。
私は何のために存在しているんだろう。何を頑張ってきたんだろう。
何も出来ないじゃない。
悲しくて、悔しくて、唇を噛みしめた。

ナルトが起こしてくれた時、私は夢の中で小さな子供だった。
ナルトにもサスケ君にもいのちゃんにも会う前の小さな子供。
多分、辛いことから目を逸らしたかったんだろう。

その時空気が動いて、ふわり、と抱きしめられた。
目の前に広がる、オレンジと黒のジャケット。
太陽の匂いがした。

抱きかかえられたことなら何度もある。
でも、こんな風に正面から抱かれたことはない。

私が抱きついてしまったことはあったけれど……。

嫌な記憶を取り消すように、ぎゅっと目を瞑る。
嫌なこと。
夢の記憶、過去の記憶。
それらを遠く葬り去るように、私は強く目を閉じた。

ここは木ノ葉病院の一室。
いつ誰が覗きに来るかもわからない。
普段の私なら、病院でこんなこと、ありえない。
でも今は、今だけは離れたくないと思った。

ドクン、ドクン、ドクン。

鼓動が聞こえる。
自分のものなのか、ナルトのものなのかわからない。

温かい。
大きい。
安心する。

この人と一緒にいること。それはこんなにも自然なことだったのだ、と思う。
なのに、何故今までこんなふうに触れ合うことがなかったんだろう。

「悪い夢は口にしちまった方が消えるんだって」
耳の後ろから声がする。
「……うん」
それを教えたのは私だったような気がすると思いながら静かに頷く。
「だから、安心して言っちまえよ。正夢にならないからさ」
その台詞の後にナルトの手が私の肩をがっちりと掴んだ。
自信たっぷりの顔が私を見下ろす。

あ、ナルトが踏み込んできた。
以前なら多分、私を気遣いながら何も言わなかっただろう。
でも今、私を気遣いながらも一歩前に踏み込んで来てくれた。

目の前には昔から変わらないドヤ顔。
昔は全く説得力がなかった。
今は実力を伴って、なかなか堂に入ったもの。

でも……。
私はそっとため息をつく。
「ナルトがね」
そう切り出したら、自分の名前が出てくると思わなかったのかナルトは驚いた顔をして目を見開いた。
「オレ?」
「うん」
「夢の中のオレ、だよな?それがどうしたんだってばよ?」
眉を寄せて顔を覗きこんでくるその顔は、相手が夢の中の自分でも殴り飛ばしてくれそうな雰囲気。
私は自分の頭をゴツンとナルトの肩にぶつけた。

「『オレ、本当はサスケが好きなんだ』って言って、サスケくんと一緒に行っちゃう夢」
「は?」
「ひどいのよ、二人で仲良く肩を組んで私の方なんか見ないでイチャイチャと……」
「はぁ!?何だ、そりゃ!」
素っ頓狂な声に、私は我慢出来なくなってクスクスと笑い出した。

「な、何だよ、変な嘘つかないでくれってばよ」
「嘘じゃないもの。二人して仲良く行っちゃったもの」
「えー」
げんなりとした顔のナルト。それを見たら心が少し軽くなった。

ごめんね、からかって。
だって、悔しいんだもの。
ナルトばっかり先に進んで、悔しいんだもの。

「オレもさー、この前嫌な夢見たんだけど」
と、ガリガリと後頭部をかきながら横を向くナルトの台詞に被せる。
「え?同じ夢?『本当はサスケくんが好き』って?」
その途端、「違ーう!」と一喝され、耳を塞ぐ。

「サクラちゃんがどこか行っちまう夢、だってばよ」
ムスっとした顔で答えるナルトが、とても可愛く見えた。
「行かないわよ」
笑ったまま答えたら、ナルトはパッと顔をほころばせ、それから私を指差した。
「断言したな」
「え?」
「確かに言ったよな。どこにも行かねーんだよな?約束だってばよ」
そして、改めて私を抱く。今度は力を籠めて。

よく漫画なんかである、ギューッて擬態語、あれは本当なんだと知った。
服の擦れ合う音、服の内側の身体が相手を求める音。
足りなくて足りなくて貪るように相手を抱え込む、そんな音。

その時、少し離れた所で誰かの声がした。

多分、私を呼びに誰かがこの部屋にやって来るのだろう。
そう、わかったのに私は動けなかった。
拘束されているから?
うん、それもある。
でも、もしかしたらナルト以上に私の方がしがみついていたかもしれない。
離れがたかった。
このまま時が止まってしまえばいいのに……

その私の心とシンクロするように、
「時間が止まっちまえばいいのに」
ナルトの口がその言葉を紡ぐ。
「え?」
私は反射的に顔を上げて、ナルトの顔を覗き込んだ。

青い瞳が優しく私を見下ろしていた。
顎のライン、鼻筋、口元、そして穏やかな目の色。
やっぱり下忍の頃とは違う。大人っぽくなったと思う。

そう気付いたら、すごく
キス。したくなった。して欲しくなった。

見つめ合ったまま微動だにしない私達。

キス、するんだろうか。
出来るんだろうか。
してくれるんだろうか。

でも、ナルトの顔は近づいてこなかった。
ああ、もう。
私は心の中で嘆息をつく。

でもそんな私の苛立ちには気付かず、ナルトは続ける。
「時間が止まったらさ、箱の中にサクラちゃん閉じ込めて、誰の目にも触れさせねーで、ずっとずっとオレだけのにものにすんだ」
低い声で言う。
その口調に何か薄暗いものを感じたけれど、別に怖いとは思わなかった。
だから、ツンと横を向く。

「しないくせに」
「え?」
「アンタがそんなことするわけないでしょ」
「どうして?」
「どうしても何も、出来るものならやってみなさいよ」
キスすらしないくせに。

言外にそう含めて言い放ったら、ナルトは私をじっと見て、それから口を横に大きく引き結んだ。
「サクラちゃんさー」
「何?」
「そのままでいいんだけどさ」
「何が?」
「でも、オレ以外のヤツは挑発しないでね」

言い終えたと同時に私を抱え上げる。
「え、な……」
何をするのよ、と言いかけた言葉が唇によって塞がれ、呆然と見上げた私の目には見たこともない顔をしたナルト。
「出来るかどうか、やってみるってばよ」
返事も出来ずにいる私の耳の横を、風が音を立てて通り過ぎていった。

コンコンとドアがノックされて声がかかる。
「春野さん、書類の件なんですがー」

返事はない。

「あれ、春野さん?」
ドアノブが回って医療忍者の顔が覗く。

でも、部屋の中はもぬけの殻。
開いた窓からの春の風が、優しく書類を揺らしていた。

 

ー 終 ー

 

ひとこと

最初はね、ギャグのオチの予定だったんですよ。でもどうしてもしっくりしなくて数日間寝かせました。本当は4月3日のサクラちゃん記念日にアップ予定でした(^^;(2013.04.06)

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