シーツにくるんで(ナルサク)

 

 

「あのさー、腹がいてーんだけど」
ドアを開けると、白衣姿のサクラちゃんが出てきて「バカね」って怒ってくれる。

が、その日ドアをノックしたら出て来たのは、別の女の子だった。
サクラちゃんは今日休みだと言う。
代わりに診てくれるというのを断って、オレはサクラちゃん家に向かった。

が、サクラちゃんは不在。
今日は諦めて家に帰ろうかと思ったが、腹痛はいよいよ本格的になり、仕方なく、もう誰でもいいから診てもらおうと病院に駆け込んだ。

 

ー シーツにくるんで ー

 

 

「あら、どうしたのよ?」
眼鏡姿のサクラちゃんが廊下に立っている。
「サ、サクラちゃん……」
オレは途端にホッとして、その場に座り込んだ。
「ちょっと、ナルト?」
サクラちゃんが駆け寄ってくる。
不思議だ。
サクラちゃん一人いるだけで、病院が急に馴染みの風景に変わる。
「どうしたのよ?まさか怪我?」
オレは首を振った。
「は、腹が痛くて……」
そう言ったら、サクラちゃんはホゥとため息をついて笑い出した。
「やだ、またなの?古い牛乳でも飲んだんじゃないの?」
「古くねーって。2日くらいしか日付過ぎてねーし」
「あのねぇ、この時期は消費期限なんてアテにならないの。大体アンタ、冷蔵庫から出しっぱなしにしてること多いし……」
サクラちゃんはオレの腕を取ると頭をくぐらせ、オレの腰に手をやって身体をぴったり添わせた。
「ほら、立てる?」
サクラちゃんの顔が近い。息がかかりそうな距離だ。
オレは突然の幸運に頭をクラクラさせながら、何とか立ち上がろうと足に力を入れた。

その時、
「大丈夫ですか?」
後ろからの声。振り返ったら、さっき医務室にいた女の子が扉を開けて立っていた。
「あ、うん。お腹が痛いらしいのよ」
「じゃあ、すぐに診ましょう」
言いながら、オレの腕を取る女の子。

えー……
オレは心の中で抵抗する。
いや、誰が診てくれてもいいんだけど。いいんだけどさ。
でもせっかくサクラちゃんと会えたってのに、ここでお別れかよ。

オレはサクラちゃんの顔を見た。
もしかしたら縋り付くような目をしていたかもしれない。
サクラちゃんはオレと彼女を見比べて一瞬迷ったような顔をしたが、
でもすぐに軽く苦笑すると彼女に向き直った。
「ううん。私が診るわ。第5医務室空いてるでしょ?あそこ、ちょっと借りるわね」
「え、でもサクラさんは今日非番ですし、私が診ますよ?」
「いいのよ、ナルトは特別だから」

ドキンと胸が高鳴る。
今、何て言った?特別って言った?
うわー、すげー。
なんか今日はいい日になりそうな予感がするってばよ。

……が、第5医務室とやらでベッドに寝かされ、軽く診察を受けた後の一言はとても冷たいものだった。

「はい、疲労と腹痛ね。今日は一日大人しく寝てなさい」
「……あれ?チャクラでちゃちゃっと治してくんないの?」
「治しません」
「えー!?どうしてだってばよ?」
叫ぶオレに軽くゲンコツを落とすと、サクラちゃんは立ち上がった。
机の上に置かれていた小さなノートを開くとそこに何やら書き込み始める。
「アンタ、今朝早くに里外任務から帰って来た所で、明日まで休みなんでしょ?」
「オレのスケジュール知ってるの?」
「知ってるわよ」
憮然とした顔で言った後、付け加える。
「偶然だけどね」

そうか、と思い出す。
オレが今朝戻って来た里外任務は、最初はサクラちゃんもチームに組み込まれていた。
でも病院の方で外せない予定があるとかで別の医療忍者に変更になったのだ。
任務開始時にサクラちゃんがいないのを見て、どれだけオレが落ち込んだか彼女は知ってるんだろうか。

その時のむくれた気持ちを思い出して、オレの口が尖る。
そんなオレを見て、治療をしないと言ったせいだと思ったのか、サクラちゃんは仕方なさそうに口を開いた。
「チャクラ治癒は基本的には任務中の非常時だけなのよ。だって、お腹だけ治したって身体全部を整えるわけにはいかないんだからね。ちゃんと休息をとって心と身体をゆっくり休めて自分の力で治すのが一番いいの」
ベッド脇に立つサクラちゃんを見上げたら、サクラちゃんは少し表情を緩めて笑顔を見せた。
「アンタは疲れてるのよ。少しだけ休みなさい」

彼女の笑顔を見たら、尖っていたオレの心が少しだけ溶けた。
オレは単純だ。
それだけ彼女のことが好きだからなのだが、彼女はこんなオレの気持ちなんか知らない。
いや、多分知ってるけど気付かないフリしてる。
でも気付かないフリしながらも、さっきみたいに特別扱いしてくれたりする。

「帰ってからまだ睡眠取ってないんでしょ?どうせ眠りたくないとか言うんだから」
オレの行動はお見通しのようだ。
「昼過ぎに起こしてあげるから、それまで安心して眠りなさい」
子供を諭すような物言い。
オレは反抗したい気持ちになって、そっぽを向いた。
「だって眠くねーんだもの。腹減ったし」
「お腹痛いんでしょ」
「でも腹減った」
「何時間か眠って、目が覚めてお腹が治ってたらお昼につき合ってあげるわよ」
「じゃあ、一楽のラーメンな!」
「却下」
「えー……」
ポンポンと弾む会話のキャッチボール。
安心する。

オレは黙った。
そうしたらサクラちゃんも黙って、机の方に歩いて行った。
眼鏡を外してケースにしまう。その横にあった分厚い本を手に取る。
重そうなその本を手に戻ってくる。
小さな丸椅子をカタコトとベッド脇に引っ張ってくるとそれに腰掛けた。
栞が挟まれたページを開いて読み始める。

「あのさー」
「寝なさいよ」
間髪入れずに返って来る答え。オレは気にせずに続ける。
「最近、サクラちゃん兵糧丸作らねーよな」
そう言ったら、サクラちゃんはジロッとオレを睨みつけた。
「だから何?」
「いえ、何も」
「欲しいならいつでも言って。作ってあげるから」
「いえ、結構です」
オレが笑って答えたら、サクラちゃんはもう一度オレを睨みつけ、また本に目を戻した。
真剣な目が本の上を流れるように動いている。
多分、ここにオレがいようといまいと関係なく集中出来るんだろう。
でも、不思議とそれに嫌な感情を覚えなかった。
かえって、ここに居てもいいのだと言われているようで安心出来た。
オレは黙ってサクラちゃんを見つめ続けた。
こちらを見ないとわかっているから。

 

カタンと音がしてオレはハッと目を醒ました。
窓辺のブラインドが窓枠に当たった音のようだ。
意識が飛んでいた。眠っていたのだろう。

窓の外を見る。天気はいいが外は風が強いようで雲の動きが速い。
サクラちゃんは相変わらず無表情で本を読んでいる。
さっきよりもページが進んでいる。あんな分厚い本、よく眠らずに読めるよな。感心する。
ペラペラとページをめくる音だけが響く部屋。

オレはサクラちゃんに声をかけた。
「なぁ、なんか喋ってってばよ」
笑顔全開で話しかけたら、ヘの字に曲がった口が答える。
「眠りなさいって言ってるでしょ」
「ちょっと眠った」
「もっと眠りなさい」
「少し話してくれたらまた眠るってば」
食い下がったら、サクラちゃんはハアとため息をついた。
「何を喋れって言うのよ?」
「何でもいいよ。腹がいてーのごまかせるような面白い話してくれってばよ」
腹の痛みはほとんど消えかけていたが、それは内緒にしておく。
「病人が何をワガママ言ってるんだか」
オレは笑う。他愛のない会話が嬉しい。
サクラちゃんはまた本に目を落とした。口を開く。
「主に腹痛、嘔吐、腹部膨満等の症状を呈すが、それ以外に特異な症状はなく、短時間の往診では判別がつきにくいため、初診時の問診とその後の経過観察から重篤な……」
「ちょっと待って」
オレはサクラちゃんの視線の前に手を広げた。
「何よ」
「何だってばよ、今の」
「私が今復習してる腹痛に関する文献だけど?」
「オレ、面白い話って言ったんだけど?」
「私には面白いけど?」
「だーっ!!眠くなるってばよ」
「ちょうどいいじゃない。眠れば回復するわよ」
オレは首を振った。
「いや、眠くならない!かえって気持ち悪くなる!!」
「何よ、ワガママね」
サクラちゃんは立ち上がった。

ヤベ、殴られる。
オレは身を強張らせる。ちょっとフザケが過ぎたか?
が、拳は飛んで来なかった。
サクラちゃんは机の横の本棚に向かって歩くと、そこから一冊の緑色の本を手に取った。
「じゃあ、これ読んであげる」
そう言ってまた丸椅子に腰掛ける。
「『ゆずくんの日記』」
それは他愛もない夏の一日の日記。
男の子が親戚の家に遊びに来て、川で魚をとって、船に乗って海で釣りをして、無人島に遊びに行って、貝をとって薪を起こしてご飯を炊き、腹がいっぱいになったら崖から海に飛び込んで泳いで遊んで、夕方になったら里に帰り、秘密基地から夕焼けの海を見て、夕飯の匂いにつられて家に入る。
「うっわー、すっげー贅沢な一日」
すっかり羨ましくなったオレが叫んで枕を天井に放り投げだら、サクラちゃんは珍しく「本当にね」と同意してくれた。
「子供の頃ってこういう贅沢な一日過ごしてたよね」
「えー、こんなに贅沢じゃなかったってばよ」
「そりゃあ、こんなに色々な経験はしてないけど」
言いかけた口が止まる。
サクラちゃんは何かを思い出したように笑顔を見せた。
「でもほら、中忍試験の死の森。あそこは敵さえいなかったら、自然も豊富だし結構いい経験出来たよね?」
「あー、確かにあん時は魚とか取ったよなー」
「そうそう、アンタが川で暴れて、サスケくんがクナイで仕留めて」
「そうだよ!オレにばっか重労働させて、サスケってば、ずりーんだよ!!」
文句を垂れたら、サクラちゃんはクスクスと笑った。

「じゃあ、行かない?」
気付いたらポロッと口から言葉がこぼれていた。
「え?」
「ほら、里外任務の途中にはそれなりに自然がいっぱいで楽しい場所もあるけどさ、やっぱり任務中だと思うとリラックスして楽しめないしさ。その点、死の森なら里内だし、この時期は中忍試験もやってねーし、任務が休みの一日にちょっとしたハイキング気分で出かけるにはうってつけじゃね?」
死の森ってネーミングは悪いけれど、それ以外は申し分ない。
「やーよ」
あっさりと断られる。
ま、予想通りだ。
「私、読書したいもの。魚釣りなんかしたくないわ」
「いやいや、読書こそ魚釣りと相性がいいんだぜ?」
なかなかガードの固い彼女。デートの誘いに乗ってくれないのは昔から変わらない。
その時、ノックの音が響いた。

「はい」
サクラちゃんが応えて扉の方に顔を向ける。
カラカラと扉の開く音がした。
「お休みの日にすみません」
男の声だ。
「ううん、大丈夫よ。どうしたの?」
サクラちゃんは立ち上がると扉の方に歩いて行った。
「今日こちらにいらしてると聞いて、この書類だけ確認していただきたくて」
オレのいる位置からは、ちょうどカーテンが目隠しになっていて声しか聞こえない。
「ああ、ごめんね。昨日までに確認しなきゃいけなかった件だったわね。ちょっと待ってて。すぐ見ちゃうから」
「あと薬草園改装の件で、急ぎで一点相談したいことがあったんですが……」
「うん、何?」
「実は水質の面で移動が心配な薬草が5点程ありまして」
「どれ?」
「リストにまとめておきました」
「ありがと。うん、確かにこれは根が結構繊細な種だものね」
サクラちゃんと男の会話はその後も続いた。
オレにはわからない難しい話。

つまんねーな。
オレは天井を見上げた。

彼女は居場所を見つけてる。七班でなくても彼女には居る場所がある。
もちろんオレにも場所はある。
任務は順調にこなしているし、術や他の勉強も色々始めてる。
でも、何かが足りなかった。

 

楽しそうな子供の笑い声が、オレの耳に届く。
病院の屋上は白いシーツが何枚も風にはためいていた。
「いいよなぁ。子供は何も考えなくていいんだからさ」
ぼやく。
サクラちゃんが聞いたら何と言うかな。
「アンタだってそんなに考えてないでしょ」
だろうか。
いやいや、これでも考えてるんですよ?オレってば色々さ。

コンクリートの床に背をつけて空を眺める。
青い空に白い雲。
「雲はいいよなぁ。自由で」
誰かさんの台詞がよくわかる。
でも、多分気持ちは正反対だ。

あの戦争の時が嘘みたいな、今の何て事の無い平和な空間。
それがオレには辛かった。
あのギリギリの高揚感、力を合わせて倒した達成感。

物足りない。
抜け殻みたいな自分。
毎日が何事もないように過ぎていくのが恐ろしかった。
こんなことを考えてはいけないと頭では理解していたのだけれど。

あの後、皆それぞれの道をまた歩き出した。
オレもオレで歩き始めた。
「オレは火影になる!」
その気持ちは変わらないというのに、どうして今のオレはこんなに空っぽなんだろう。

「あ!こんな所にいた!!」
扉の所からサクラちゃんが顔を出す。
「もう!黙っていなくなったら心配するじゃない」
オレは手をついて起き上がった。
笑顔を作ってみせる。
「だーってさ、大人しく寝てるの飽きちまったし」
それに、居づらい雰囲気だったし。

サクラちゃんが足を投げ出したままのオレの横にやってきてしゃがみこむ。
「何よ、冴えない顔しちゃって。何かあったの?」
オレの口が曲がる。
「別に……何でもねーってば」
会いに来るべきじゃなかった。
サクラちゃんには、本当はいつもいい顔を見せたいんだ。
元気で、自信に溢れて、思わず惚れちゃうような、そんな強い男でいたい。
なのに……。

オレは立ち上がった。遠く里の境界である木の高い壁を目でなぞりながら。
「サンキュ。腹が痛かったの大分落ち着いたからさ、オレ帰るよ」
「え?」
「またな」
「お昼は?」
「いや……今日はいいや」

それだけを口にして歩き出す。
彼女の顔が見られなかった。情けねぇ。
「ちょっと、ナルト!待ちなさいよ」
何かを感じたらしい彼女がオレを呼び止めるが、オレは足を止めなかった。
屋上の手すりから飛ぼうしたその時、一陣の突風が吹いた。

バサバサッ!

大きな音がして屋上に干されていたシーツの一枚が洗濯バサミを弾いて空に飛ぶ。
オレは咄嗟に手を伸ばして、風に攫われかけたそれを掴んだ。
が、
「きゃっ!」
後ろから聞こえた悲鳴に、何気なく振り返ってオレは固まった。
スカートが翻って、肌色の先に白いものが……。

「見るな!」
本が飛んでくる。オレの額に当たってガンと床に落ちた。
「ひでー、不可抗力だってばよ」
「うるさい!……って、ああっ!手を放しちゃダメ!!」
サクラちゃんの制止の声に気付いた時には、シーツは遠く空に舞い上がっていた。

「あ、平気。オレ、取って来るってば……」
言って飛びかけたオレの背中がドンと押され、オレはその場にどしゃっと崩れた。
「アンタはお腹が痛いんでしょ!休んでなさい!!」
そう言って、颯爽と飛び上がる赤いシルエットの彼女。

……でもさ、スカートで飛んだらマズイってばよ。

果たして、無事シーツを掴んだ彼女だったが、着地点を探そうと落下を始めた段階でスカートに気付いたのか顔色が変わっている。
スカートの裾を片手で押さえ、シーツを片手でくるめ、必死で体勢を取ろうとしてる。
病院の下は何気にそれなりに人通りもある大きな通り。
オレは干してあった別のシーツをロープから剥ぎ取ると飛び上がった。
あの白いものを他のヤツらに拝ませてやるなんて、そんなもったいないこと出来るかよ。

手にしたシーツを広げ、その中に彼女をくるむ。
「はい、ナイスキャッチ」
「え?ちょ、ちょっとナルト?!何してんのよ!」
「大人しくしてて。スカートの中見られたくないんでしょ」
そう言ったら、彼女は大人しく口をつぐんだ。

着地点はアカデミーの校庭。
白いシーツにくるまれたサクラちゃんを抱えて降り立つオレに、目を丸くした子供たちが数人、それまでやっていた遊びも放り出して寄って来た。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「え?あ、えーと……」
シーツを拾っただけなんだけど。
と、一人の女の子が頬を紅潮させて声を張り上げた。
「わかったわ!結婚式ね!!」
「え……」
「だって、お姉ちゃん、白いドレス着てるもの」
腕の中のサクラちゃんは白いシーツにくるまれて、確かに白いドレスを着ているように見えなくもない。
サクラちゃんと目が合った。
あ、殴られるかも。
……と思ったが、鉄槌はなかった。
「ん?」
顎をしゃくられる。話があるらしい。
口元に耳を寄せたら、
「子供たちの夢を壊したくないから、適当に話を合わせてとっとと病院に戻って」
だと。
「サクラちゃんは子供には優しいよな」
ボソリと呟いて、オレは歩き出した。
出来るだけ颯爽と、子供達からはカッコ良く見えるように気取って。

が、間の悪いことに、そんなオレに腹痛が再発した。
ガクリと膝を落とすオレ。
「ちょっとナルト?どうしたのよ!」
オレはうめく。
「は、腹がまた……」
サクラちゃんはパッと地面に降り立つとシーツのドレスを自分の腰から剥ぎ取り、オレの腹にグルグルと巻くと一喝した。
「待ってなさい!今病院に運んであげるから!」
そしてオレを肩に担いで走り出す。
「うええええぇ……」
振動は止めて~~~!
子供達があっけに取られている中をオレはみっともなく病院に逆戻りした。

 

「何でアンタは大人しく休んでいられないのかしらね」
サクラちゃんがフウとため息をつく。
「何ででしょうね」
オレもため息をつく。
でも顔を見合わせたら、二人笑ってしまった。
「仕方ないわね、アンタはドタバタ忍者なんだもの」
「でもさ、サクラちゃんってなんだかんだ言いながら,昔からよくつき合ってくれるよな」
「そりゃあチームメイトだからね」
「じゃあ、これからもよろしく」
軽く言ってみる。
そうしたら、サクラちゃんはチラッとオレを見た。

「そんなの当たり前でしょ」
ん?
何だろう、今の間は。
「お腹が痛くなくてもいつでもいらっしゃい」
「おう」
オレは笑って返事をした。
でも腹が痛いという言い訳がなかったら、多分会いには来られない。

サクラちゃんはさっき手にしていたノートを手に取るとページをめくった。
「今、七班での活動減ってるでしょ?私ね、今こっちの仕事頑張ってるんだ」
「そっか」
オレは何気ないように返事した。
でも、知っている。気付いてる。
サイとはたまに任務が重なるのに、サクラちゃんとは一緒にならない。
それは、彼女がそれを望んでいるからだとわかっている。

「だって、私もう少ししたらアンタの仕事手伝うからね」
「え?」
「アンタが火影になった時に私がその補佐について病院を離れても大丈夫なようにしてるのよ」
後輩の指導だ、と彼女は笑った。
「あと、私が病院を離れても私の思い通りに色々動くように後輩を洗脳しておくの。そうしたらアンタが火影として権限掌握するのにも役立つでしょ?」
フフフ、と不敵な笑みを浮かべる彼女をオレは何も言えずに見つめる。
「何よ?何か文句でもあるわけ?」
眉を寄せてオレを睨むサクラちゃん。
オレは慌ててベッドの上に起き上がると手を振った。
「あ、いや、だって任務が重ならないからさ。サクラちゃんはもう病院の方に専念するのかなって……」
「何言ってんのよ。アンタは私にとって特別なの」
「え」
ゴクリと唾を飲み込む。
なんだって?
今のもしかして告白?
「だって『火影になる!』んでしょ?」
ややしてオレは黙って頷く。彼女は満足そうに頷いた。
「アンタの夢は私の夢でもあるのよ。……何があったんだか知らないけど、落ち込むなんてアンタらしくもない。あんまりグダグダしてるとねー、私が火影狙っちゃうからね」
丸めていた背中をバチンと強く叩かれる。オレはその場でゲホゲホとむせこんだ。
それと同時に何故か汗が目に溜まってきて、オレは慌ててそれを手で拭った。
「何泣いてんのよ」
「泣いてねーって。腹がいてーだけ」

ふわりと首に手がかかる。
甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
暑いはずなのに優しい温度だと感じる。
サラサラと細い髪がこぼれ落ちる音が、心を落ち着かせてくれる。
オレは目を閉じた。
「三回目だ」
「え?何が?」
「サクラちゃんにこうやってされるの。一回目はペイン戦の後だろ。二回目は嘘の告白された時で……」
「それ蒸し返すな」
低く恐い声でサクラちゃんがオレを脅す。
でも、腕は離れなかった。

こうやって抱きしめてくれるのは嬉しい。
大事にされていることを感じる。
ここに居ていいのだと言ってくれている。
「オレって単純だな」
呟いたら、
「そう?頑固で意地っ張りで面倒なヤツだと思うけど?」
そんな返答が返ってきた。

いえいえ、単純なんですよ。
彼女がオレを信じてくれている。
それなら……
「やらねーわけにはいかねーよな」

笑わば、笑え。
「特Aランクの任務をバリバリこなして、最速で火影になってやるってばよ」
鼻息荒く宣言する。
クスクスとからかうような笑い声が、それにかぶさった。
「アンタの場合、その前に最低限のペーパーテストに受からないとダメなんじゃないの?」
「いいんだってばよ。オレには最強のブレーンが付いてますから」
「じゃあ、試験の時にバレないカンニングの方法を考えておくことね」
「ふーい」

やっぱりここに来てよかった。
オレは紅い上衣に鼻を埋めながら、自分の腹痛に、外の強い風に、分厚い本に、全てに感謝をした。

でも、悩みがたった一つ。
どうすればいいんだろ、この手。
どこに置いていいのか困ってるオレの手。
「母ちゃんなら抱きしめ返せるんだけどなぁ……」
仕方ないので代わりにシーツをギュッと握りしめる自分の拳を見ながら、オレはこっそりと呟いた。

 

ー 終 ー

 

 

ひとこと

えーと、なんかナルトくんがウジウジしてますね。気付いたらそうなっていました。
でも悩みのない人間なんていないよね。あと、気付くと贅沢になってしまうよなーと。
クシナさんの前で素直に泣いていたナルトくん。サクラちゃんの前で素直に泣ける日はくるのでしょうか。
 

112 人の方が「読んだよ!」してくれました。