馴染 - なじみ -

 

小さい頃から勉強もスポーツも何故か人より抜きん出ていた。
防衛大学に進んだのは、大学に行きながら金が貰えるからだ。

それに、ずっと思っていた。

ぬるい、と。

 

馴染 - なじみ -

 

各生徒達の能力を数値化していく。
コイツは鈍いようで、意外に反射神経がいい。
コイツは再現性が高い。狙いが定まってきた。
コイツはダメだ。センスがない。でも、行動が読めないから奇襲に役立つ。

体育の授業とは名ばかりの実戦演習。
かなりキツイこともやらせているが、ほとんどの生徒がついてきている。
暗殺バトミントンや暗殺バスケ、暗殺ラジオ体操。

子供は大人とは違う。
常に目新しい状態にしておかないと続かない。
だから、楽しく、飽きずに、夢中になって取り組み、
気付いたら実力がついていたという状態に持っていくための準備が必要だ。
そして一番大事なのは、やってみたら出来た、という成功体験だ。

「あれだ。『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ』だろ?山本五十六のさ」
教師としてここに来ると決まった時に、からかい半分に同僚に言われた言葉。
「お前が子供の教師とは笑えるぜ」
「まったくだ」
と、互いにそう薄く笑い合いながら、
この配置転換が後の出世コースへの一本道になるのか、
それとも転落の一歩になるのかを見極めようと腹を探り合う。

任務は機密事項の為、詳細は当然明かされていない。
それでも、その異常な配置に、誰もが違和感を感じたのだろう。

フン、とその時の同僚の顔を思い出して鼻を鳴らす。

どうとでも言え。
俺は何でも構わない。

何だってやってやるさ。

考え事をしていたせいで疎かになっていた手元に目を戻す。
(赤羽業、磯貝悠馬、潮田渚……)
順々に名前を追い、顔を思い浮かべる。

E組の生徒のほとんどは、多分今までずっと勉強ばかりしてきたのだろう。
努力して、努力して、それでも成績が落ちてしまった者。
やっとの思いで入学したのに、周りのレベルの高さについていけずにやる気を失った者。
今まではそこそこの努力で成績を維持出来た為にきちんと努力する気のない者。
そして、信頼していた人間に裏切られた者。

でもきっと小学校の時は、多分皆それなりの成績。

『出来る、やれる、賢い子だ』
そう言われて育って来た子らが、急に蔑みの対象になる。
その心理的ダメージはいかほどのものだろう。

ふと、気配を感じて目線をあげたら、金髪女がオレのPCを覗き込んでいた。

「盗み見をするな」
ウィンドウを閉じて手元のメモをグシャリと握りつぶす。

「いいじゃない、同じミッションを持つ仲間でしょ」
小っちゃい男ね、と聞き捨てならない台詞をはきながら、金髪女は不敵に笑った。

イリーナ・イェラビッチ。
10ヶ国語を使い分け、全世界で11人の要人暗殺をしたという女暗殺者。

普段のボケようを見ていると、とても信じられない事実だが、
でも、まぁ、ガセではないのだろう。
それなりの訓練を受けてきた俺に対し、気付くとそこにいる、というのは
生半の人間に出来ることではない。

薄い色素の、こんな派手なブロンドの女が視界に入らず、
気配すら感じさせずに隣にいるなどありえないのだ。

「確かに馴染んでるな」
「何がよ?」
「おまえだ。最初に来た時より随分教室に馴染んだな」
そう、馴染み過ぎな程に。

「当たり前よ、私を誰だと思ってるの。
その土地の物を三日も口にすれば、私はもうそこの人間よ」
確かに普通の日本人以上に流暢な美しい日本語、立ち居振る舞いも自然で、
日常の習慣的な動作も日本人そのものと言ってもいい程だ。

「それに、動きの基本はカラスマの真似をさせてもらったもの」
真似?
言ってる意味がわからずに、黙ってイリーナを眺める。
イリーナは妖艶な笑みを浮かべ、少し顔を傾けて俺に寄せた。

「人はね、自分と同じリズムの人間には気を許すのよ。
だから相手に近づきたい時は、呼吸のタイミングを相手に合わせたり
手や足を同じように動かしたりするの」
イリーナの口が目の前でパクパクとゆっくり動く。

「気を許すってね、そこにいることを許されるってこと。
一人が許せば、他の皆も連鎖的に許してくれるわ。
だからカラスマ、あなたを真似させてもらったの」

ゆっくりとしたその声が、何故か頭の後ろの方から聞こえる気がする。
俺はその妙な感覚をなぎ払うように、ガタンとわざと音を立てて椅子を動かし
目を机の上のPCに戻した。

「じゃあ、おまえはここを出て次にアフリカにでも行くことになったらアフリカ人になるのか」
「なれるわよ。現地の言葉を覚えて、いい先生を見つければすぐにね」
自慢気に横髪を耳の後ろにかけるイリーナ。
その様を横目に、何故か苛立ちを覚える自分がいた。

「言語を習得するのは耳からだと聞く。どれだけの量、その言葉を耳にし、触れたかどうか」
そんな、どうでもいいようなことを喋る。
「それプラス、マインドもね。どれだけ必死で理解しようとするかよ」
「今回の暗殺に、英語は関係ない」
適当な所で切ろう。切って帰ろう。そう思うのに無駄に会話を続けている自分。
「そんなことないわよ。相手のことを知りたい、だから必死で相手の言ってることを理解しようとする。
それは、そうね、今回のミッションに関して言えば、殺せんせーのことを知り、
自分を相手に馴染ませ、距離を限界まで縮めて暗殺の確率を上げるということ」
右手の人差し指のみを口元で真っ直ぐに伸ばし、パーンと銃声を真似る。

俺はイリーナの顔を見上げた。
「そこまで心を開かせて、そして殺すのか」

馴染む、という言葉。
その色に染まる程になれて親しむ、という意味を持つ。

なれ親しんだ相手を殺すのか。

よしんば相手をうまく殺せたとする。
だが、殺した方の精神状態は一体どうなるのか?

「そうよ」
当然でしょ、と笑う顔。

そして、殺された方はどう思うのだろう?

恐怖に歪むのか、騙された自分を憐れむのか、
それとも、殺した相手を恨むのか……

俺は自分のネクタイを少し緩める。
胸糞が悪くなる。
はぁ、と息を吸った所で香水の匂いが鼻をつき、チッと軽く舌打ちした。

イリーナはそんな俺には気付かず、フンフンと鼻歌を歌いながら背筋を伸ばす。
「よし!明日はちょっと甘めにハーレクインを題材にしようっと」
手にしているのは、奇妙に甘ったるい色をした一冊の英語の本。
表紙では、ひと組の男女が花を背景に不自然に寄り添っていた。

「男子は興味ないと思うが」
いや、興味ないことはないと思うが、今の男子が興味があるとすれば
それよりももっと直接的な表現のものだろう。

「いいのよ。男子だって女子の好む表現を覚えて損なことはないし、
それに男子向けは、今度保健の時間にやるから」
あっさりと言い切るイリーナに、E組の生徒達の顔を思い浮かべてため息をつく。
来年の 3月、もし暗殺が成功したとして、その後あいつらは日常に帰っていけるのだろうか。

まぁ、俺には関係のない話ではあるが。

「私がここにいるのは今だけだから」

だから、一生懸命なのか
だから、適当なことをやっているのか

「私のテク、叩き込んでやるわ」

妙に燃えるその横顔を眺める。
悪いが趣味ではない。
恋人としてなど論外。同僚としても信頼など出来ない、喰えない相手。
何より、諦めばかり悪くて、面倒な……

でも、ふと思った。
イリーナに殺された要人達の死に目

こいつに殺されるのなら仕方ない

そう笑ったのではないだろうか、と。

 

ー 終 ー

 

ひとこと

あああ、読めば読むほど、「暗殺教室」にハマっていく。ビッチ先生が可愛すぎて可愛すぎて。当然、鳥イリ推しですが、ちょっとカルマx奥田もよろしいかと。。。え?主人公?はい、可愛いですね!いやいや、もうどの女の子も魅力的ですし、他組の悪役すら可愛く思えるのは何故!?そして、殺せんせーの器が小さくて小物なんだけどお釈迦様チック(?)なのがたまらんっす。(2013.01.24)

 

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