隣にいる理由

 

「はい」
差し出された手の平に、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
「えーと、なに?」
何か借りた物でもあったっけ?そう思いながら茅野を見たら、彼女はニッコリ笑ってこう答えた。
「明日の小テストに出る問題、私にも教えてよ」

 

ー 隣にいる理由 ー

 

僕がカバンの中からノートを取り出すと、茅野は満面の笑みでそれを受け取り、
その場にしゃがみこんで写し始めた。
HR後の帰り道。下駄箱から少し行ったところの校庭の入り口にて。
通る人の邪魔になるんじゃないかと思ったけれど、既に皆の姿はなく、
茅野は涼しい顔でサラサラと自分のノートにメモを写していった。

「はい、ありがと」
ニッコリ笑顔でノートが返される。
「当たるかどうか知らないよ」
「ヘーキヘーキ。少しでも当たれば御の字だもん」
茅野はケーキのオモチャがついたピンクのシャープペンをペンケースにしまうと立ち上がってスカートの裾を払い、歩き出した。
僕もノートをカバンに収めて歩き出す。
茅野はフンフンと楽しそうに鼻歌を歌ってスキップを数歩した後、不意に不思議そうな顔をして僕を見た。

「ねぇ、渚って気付くと私の隣にいるよね」
「え、そう?」
「うん」
「そう言われるとそうかも」
「もしかして、渚って私のこと好きなの?」
僕は足を止める。
横に並んで歩いていた僕が止まったことで、茅野の足も止まり、そして振り返る。
こちらを見ている茅野の顔は「今週の週番って誰だっけ?」と同じくらい淡白だった。

僕は返事が出来ないまま彼女を見つめる。
そういうことって、普通こんなにあっさり聞くものなんだろうか?
「……どうなんだろう」
否定も肯定も咄嗟に出来ず、僕は曖昧に答える。

「ほら、だって好きじゃなかったら離れるでしょ?だから、もしかしてそうなのかな?って」
僕は空を見上げた。雲が空の高い位置に薄く流されている。
「そうかな。どっちかって言うと茅野の方が僕の隣にいるんじゃないかな」
すると、茅野はとても驚いた顔をした。
「え、そうなの?」
それからカバンを胸に抱えて、うーんと下を見る。
「そう?そうなのかな。えー、私自分で気付かなかったよ」
うーん、うーんと悩む茅野を見て、僕は仕方なく口を開いた。
「嘘」
「え?」
「確かに僕の方が茅野の隣にいたかも」
その途端、茅野は悩んでいた顔をパッと取り下げてホッとしたような顔をした。
「そうなの?そうだよね!でも、どうして?」
「言ってもいいけど、怒らない?」
そう言ったら、茅野が少しいたずらな表情を見せた。
「えー、どうしようかな」
黙る僕に茅野は慌てて手を振る。
「うそうそ。怒らないから言ってよ。あ、でも胸のサイズのこと以外ね」
“胸”という言葉を自分で口にした途端その目に剣呑な光がギラリと混じり、笑ってるんだけどちょっと怖い顔になる。

僕は軽く歩き出すと、一つ息をついて改めて口を開いた。
「茅野って小さいよね」
その瞬間、周囲に広がった只ならぬ殺気を感じて僕は慌てて振り返り手を振る。
「違う違う、胸のことじゃなくて背のこと」
空気がふわっと柔らかくなった。茅野は小走りで僕に追いつくと横の髪の毛を少しつまんでクルクルといじってみせる。
「そうなのよね。身長もコンプレックスの一つなの」
「そう?」
「うん。私、本当はメグみたいに背が高くてかっこよくなりたいんだ」
「……ふーん」
イケメグ、片岡メグのように長身で、テキパキと動く茅野を想像して僕は少し黙る。

「で、何?渚は私が小さいから隣にいるの?」
「うん」
「なんで?」
「なんで?って、例えば茅野だって自分と似た人間の横なら、そんなに自分のコンプレックスを感じないで済むよね?」
そう言ったら、茅野はポンと手を打った。
「ああ!渚って背が小さいことそんなに気にしてるんだね?」
グサグサ。
あっけらかんとした物言いに少なからず傷つく。
茅野って他人には自分の胸のことで多大な気を遣わせるくせに、他人のコンプレックスに関しては直球ど真ん中で攻撃をしかけてくるんだ。
「……うん、多少はね」
「ふーん」
茅野は曖昧な返事をすると、さっきの僕と同じように空を見上げた。

「でも渚はたまにすごく大きくなるよ」
「え?」
「鷹岡先生の前に立ってた渚はすごく大きく見えたもん」
そして茅野の歩みが止まる。

「あのね、これは内緒だけどね」
少しの間。
「ちょっと惚れたかな」

茅野の後ろから吹く風がスカートを軽く揺らす。
夏の終わり、秋の気配。

「なーんてね」
茅野はぺろっと舌を出すと、また向こうを向いて歩き出した。
冗談なんだか本気なんだかわからない。
でも、ここで動揺したら負けたみたいな気がするんだろうな。
だから僕はにっこりと笑顔で返した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それから二人、ニコニコと笑顔で歩く。

「茅野はさ、あかるいね」
「うん?かるい?」
「いやいや、あかるい」
「だって、私これくらいしか取り柄ないし」
アハハと軽く笑ってみせる茅野。
「お菓子作りも得意じゃない」
「うん、お菓子は作るのも食べるのも大好きだよ」
「ネーミングセンスもあるよ」
「殺せんせーのこと?うん、あれは確かに言い得たよね!」
笑顔で隣を歩く。
エンドのE組。
居心地がいい。だから僕はここにいるんだ。

視線の端にうつる茅野の横顔。
真っすぐ前を見つめてる。
姿勢がいいな、と思う。
確かに前と背中とそんなに違いがないようには思うけれど、でも姿勢がいい方がいいんじゃないだろうか。
ビッチ先生も姿勢はいいけど、たまに不自然な姿勢の時もあって……。

その時ふと、僕は思い出して口を開いた。
「あ、そうだ。豆乳プリンとかいいらしいよ」
「え?何に?」
「え?えーと、うん。健康に」
「健康に?」
「うん」
「ふーん、豆乳プリンかぁ」
プリン好きの茅野の頬が緩む。
僕は何となく嬉しくなってカバンの中からメモを取り出すとめくり始めた。
「あとデザートは食前よりは食後の方がいいんだって」
「そうなの?」
「うん、ビッチ先生が言ってた」
口にしてから、ハッと気付く。
茅野の口は一転して大きく横に結ばれていた。
「……もしかして、それ」
そこから先、言葉が続かない。

少しの間。
そしてその後、ダダダッと走り去る大きな足音と、ドップラー効果のように遠ざかって行く声。

「どうせ、どうせ男なんて、みんな巨乳がいいんだぁぁ!!」

泣いて走り去る茅野。
その足の速さに、ある意味感動を覚えながら僕は彼女を遠く見送る。

「僕は別にどっちでもいいと思うんだけど」
でも、彼女には聞こえない。

だって大きいと肩がこって大変みたいだし、変な人も近づいてくるだろうし
背が小さいのに胸ばっかり大きいなんて、不自然で気持ち悪いと思う。
ビッチ先生はスタイルが良くてカッコイイと思うけれど、
でも僕はその隣にいたいとは思わない。

「そのまんまでいいのに」
でもそんなこと言っても「渚は何もわかってない!」と怒られるんだろうな。

「確かに僕も背が伸びるなら、お金積んでもいいしなぁ」
ぼそりと呟いたら、ポンと肩を叩かれた。
「渚くん、いいんですよ。コンプレックスは大事にしましょう。人は、制限や規正、
こうなりたいという願望や欲求があるからこそ、その想いをバネに大きく成長出来るのです」
いつから僕たちの会話を聞いていたのか、殺せんせーが後ろに立っていた。

「でも豆乳プリンですか。いいですね」
ジュルッとよだれを拭う音。
「今度の家庭科の時間は、巨大プリン製作というのはどうでしょうか?」
僕は軽くひきつった笑顔で答える。
「でも、もう二度と作れないと思いますけど」
「にゅやっ!?どうしてですか?前回はあんなに見事なプリンが出来たではないですか!」
「だって一度失敗した計画だし」
「ええっ、でも……!」
「予算的にOKが出ないと思う」
「そんなっ!!」
その場に泣き崩れる殺せんせー。
それはいつものことではあったけれど、そんな先生を放っておける性格でもなく
僕は苦笑しながら口を開いた。
「でも今度茅野に言っておきますよ。また違う企画をたてようって」
その途端、青くなっていた先生の顔はほんのりとピンク色に染まる。
「本当ですかっ!?」
「あ、はい」
「それはいいですね!失敗を活かして成功へと着実に繋げる。それは君たちが将来社会人になってからとても大切な経験になりますよ」
うんうん、と大きく頷く先生。そして最後に触手で口を拭った。
「ところで、先生はいつか一度、巨大シュークリームに包まれてみたいんですよ」
さりげなくもない、おねだりポーズ。
「……へぇ」
暗殺計画だと先生があらかじめわかっている前提での企画立案、それも二番煎じ……に国が予算を出してくれるわけもないけれど、でも、そこを敢えて攻めるのも面白いかもしれない。

「サクッ、フワッ、トローリ、ああ、夢のようですね」
独り言を呟きながら去る先生を見送って、僕は校庭を横断する。

そんな大きなシュー生地を膨らませるにはどうすればいいんだろう?
「中のクリームは豆乳で作るわ!」
そう鼻息を荒くする茅野の姿を想像しながら、僕は校門をくぐった。

 

ー 終 ー

 

ひとこと

以上、初めての「渚カエ」でした。ずっと書きたかったのに書けなかったー。千速も書きたい。
カル奥も。ああ、生徒ばっかりじゃないか!そんな若いの私に書けるのか?!
烏イリはどうしたんだって。だってビッチ先生が恋乙女になっちゃったんだものー。
でも好きだけど。

 

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