渚カエです。一応ネタバレ……かな。149話の後ってことで。
アニメ・コミックス派の人は読まないでねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー 本気の本気 ー

 

 

「あーあ、ボロボロだね」

腰を下ろす渚の側に近付く。
渚は私の声に顔を上げた。

「茅野」

私の名を呼んで、それから口の端を上げる。

「勝ったよ」

私は頷いて渚の横に腰を下ろす。
綺麗な顔が土と血で汚れてる。殴られた頬が赤く腫れてる。

正面からの力勝負では、渚がカルマ君に勝てるわけなかった。
どんなに鍛えても、渚はやっぱりクラスで一番小さな男の子なんだ。
なのに二人は共に皆に認められる形で、彼ら自身がこだわる形で、完全なる勝利を目指した。

男の子だなぁと思う。
女の子には出来ない。
あんな勝負はしない。

「私、本気を出し切れないまま終わっちゃったよ」
グルグルと私を取り巻く自己嫌悪。

負けたのは当たり前だとわかった。
『今度は皆で一緒に本気だよ』って言われて嬉しかった。
それでも力を出し切れなかった苦みはやっぱり残る。

笑って言ったのか悔しそうに言ったのか、自分でもわからない。
でも渚は私の顔を見て、天使のように笑った。

「茅野はこれからだよ」

軽やかに言ってくれちゃうその顔。
ずるいなぁ、と私はあちらを向く。

渚なんてけっして強くなかったのに。
自分ばっかり活躍しちゃってずるい。
完全なる八つ当たり。

そんな私の気配を察したのか、渚は少し困ったような声で話し始めた。

「茅野はさ、これまでずっと本気だったと思うよ。触手を隠して、痛みに耐えて、ずっと笑顔でいたんだもの。本気じゃないときっと耐えられなかったと思うんだ」

喋る渚を、ちらと盗み見る。
渚は私を見てなかった。真っすぐ前を見てる。
きっと過去の私を見てるんだ。

それがいきなりくるりと向きを変えた。今の私を見る。
不意を突かれて私の心臓が跳ね上がった。
「でもさ、ずっと本気だと、本気の本気が出せないのかも」

「え、本気の本気?」
聞き返す私に渚は「うん」と頷いた。
「勝負の前って一回息を整えるんだ。大きく吐いて一回呼吸を止める」
そう言って、スーって息を吐く。
「息を吐いた瞬間って緊張が解けてリラックスするじゃない?」
私は頷く。
それは撮影の本番前、カメラが回るその瞬間と同じ。

「だから、次の本気に全部の力を入れられる」

そう言って、渚は綺麗な瞳をキラリと猫みたいに光らせた。
その猫の目が楽しそうに私を見る。
「茅野の本気の本気は、きっとこれから出せるよ」

慰めてくれてるのかな。
ううん、きっと渚は本気なんだ。
本気の本気を出そうって、そう言ってくれてる。

私が微笑んで頷こうとした時、渚は続けてポロッと余計なことを言った。
「大丈夫だよ。茅野はたまに気を抜くようになったもの」

……ん?

「時々ボーッとしてるの、前の茅野と違うよね。多分、雪村あかりの顔なんだろうなって思う瞬間があるから」

無邪気な笑顔を向ける渚の襟元を、私は思わず掴み上げていた。
「やだ! 私、ボーッとしてた?! 本当に? いつ?」
「え?」
渚が面食らった顔で私を眺め下ろす。
掴んでいた渚の襟元から手を放すと、私は悲壮な気分で頭を横に振った。

私ったらマヌケ面でもしてたんだろうか。
不覚だわ。
演技者としてあるまじきこと。
女優はただ息をしているだけでもそこに何らかの空気感を発生させなきゃいけないのに、事もあろうに『ボーッとしてた』だなんて。

私の様子に、渚は慌てて手を横に振った。
「い、いや、ボーッとしてるって、そう悪い意味じゃなくて……」
「だって、ボーッとしてるって言ったじゃない!」
「それは言ったけど……」
困った渚は言葉を言い替えようとして、更にどつぼにはまった。
「あ、隙があるって言うか……」
「隙!」
私は絶望的な声を上げた。
言うに事欠いて女優に「隙」だなんて。
『ボーッとしてる』なら、まだ思いにふけってるって言い方に変えられなくもない。
でも『隙がある』は女優として終わってる。

その時、膝を抱えた私たちの前に、ニョキッと明るい色の頭が現れた。
「へぇ、隙ねぇ。王子さま、今日は随分攻めてるじゃん」
中村さんがスマホを片手に、ニマニマと頬を緩ませていた。
「中村さん?」
「あの夜、まるで隙のなかった茅野っちにさ、無理矢理割り込んでディープキスした渚君だもーん。隙だらけの茅野っちには何でもし放題じゃないのさ」
そう言って、中村さんはスマホをチッチッと動かす。
「そ、そんな意味じゃないよ」
渚は真っ赤になって手を振ると、慌ててカルマ君たちの方に逃げて行った。

何だろう?
私の方向からは見えなかったけど、スマホの画面に何か見えたのかな?

腕を組んで、フンと鼻を鳴らす中村さん。
私は彼女を仰ぎ見ると、少しだけ引き攣ってるであろう笑顔で答えた。
「そうよ。私たち友達だもん。そんな深い意味ないよ」
私は渚のことが好きだけど。
ただ友達役をやってるだけだけど。

中村さんは私を見下ろすと、手を腰に当てて首を傾げた。
「あら、隙を見せるのは悪いことじゃないでしょ」
それからニィと大きな笑みを形づくる。
「ただし、隙を見せる相手はちゃんと選ばないとね」
「隙を見せると言われても……」
自分は隙を見せているつもりなどなかったのに。
しゅん、と落ち込む。
自分の正体を明かしたことで、無意識に油断してしまっているんだろうか。
なら気を付けないと。

その時、中村さんが眉を僅かにあげて「あはん」と笑った。
それからおもむろに私の首に腕を巻きつけると、ぎゅうと私を抱き締める。
「確かに、隙だらけの生の茅野っちって可愛いかも〜」
突然の展開に私は慌てる。
「え、隙だらけ?」
その時、フラッシュの点滅があって、パシャとシャッター音が聞こえた。
「生の茅野っちか。その言い方、エロくてなかなかいいな」
岡島君だった。中村さんが鼻の頭に皺を寄せる。
「フン、来たわね、変態終末期。茅野っちが女優だってわかったら転んだってわけ?」
「いや、悪いが俺は幼児系の趣味はない。だが茅野、落ち込まなくていい。前にも言った通り、そういう需要もある所にはあるから」
「落ち込みません」
答えて溜息をつく。
でも本当はちょっぴり落ち込んでた。貧乳はどこまでいっても貧乳なんだ。
これから先、女優としてやっていくには、やっぱり女としての魅力が必要になる。
勿論、貧乳でも魅力的な女優さんはたくさんいる。
でも、そういうオーラを一体どうやって出せばいいのか。
そのオーラが出せない限り、私はいつまでも子役から抜け出せない。

悩む私の上で、中村さんと岡島君の会話は続いている。
「茅野っていつも笑顔で当たりがいい割に、どこか人と距離を詰めることを避けてたもんな」
「そう、それこそ渚以外にはね」
「渚ってそういう所鈍感だしな」
「それ、あんたには言われたくないと思うけどね」

渚は向こうの方でたくさんのクラスメートに囲まれていた。
照れくさそうだけど満面の笑み。
やり切った充実感に溢れてる顔。

「本気の本気か……」

呟いた瞬間、渚がこちらを振り返って目と目がバチッと合った。
渚はニコッと笑うと、何事もなかったかのようにまた男の子達と話し始めた。
その横顔に私はまた男の子を感じてしまって困る。

一つ大きく息を吐く。
それから、そこで私は息を止めた。

次は、本気の本気。

バン!

ピストルを構えて撃つ真似をする私の前にスマホの画面がスルスルと下ろされる。

「これ、欲しい? メールしよっか?」

そこにはキスする二人の写メ。
私の悲鳴が辺りにこだました。

 

ー 終 ー

 

 

ひとこと

中村さんとカルマ君の写メはどんなだったのか。
そしてその後どう活用されるのか。
そんなんばっか考えてますわ。

渚カエ、一気に増えましたなぁ。
嬉しいことですよ。うんうん。

 

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