奢 - おごり -

 

「何故、お前がついてくる」

「いいじゃない。財布は出してやるって言ったの、カラスマでしょ?」
「オレが言ったのは生徒に対してだ」
「何ケチケチしたこと言ってるのよ。器の小さい男ね」
腕を組んで偉そうに顎を突き出す女。
「それに、アレ」
その女が指差した方向には、緑色の丸い頭をした物体。
紙幣を持つ男子生徒数人の後ろをズリズリと拝むようにして這いつくばってついていくその様は
教師だとは、それも地球の未来を脅かす存在とは、とても信じ難い。

「彼が良くて私がいけない理由なんかないじゃない?」
イリーナはそうニッコリと笑うと、女生徒の肩を抱いて
「じゃ、どこから行くー?」
と華やかな声を上げた。

 

 

奢 - おごり -

 

好きにしろと言って適当に紙幣を配り、自分はコーヒーを手にすると遊歩道のベンチに腰掛ける。

お洒落なカフェが並ぶ、駅の一本裏の道。
石畳の少しアンティークな道の両脇には、雑貨屋や美容院、セレクトショップが多く立ち並んでいる。

引率というわけではないが、一応はこの場にいないといけないのだろう。
度を超してハメを外しそうな面々には多少監視をつけた。
まぁ、それでもあのくらいの金額で揉め事になることもあるまいが。

時計を軽く確認してコーヒーに口をつける。
今まであまり来たことのない場所だったが、心地の良い所だと思う。
何より眺めがいい。
少し生活に余裕のある人達がよく集う場である為か、ゆったりとした時間が流れている。
彼らが連れ歩いている犬達も皆きちんと訓練がされていて素晴らしいプロポーションの持ち主ばかりだ。
普段なら目が合った瞬間に怯えられ、唸り吠えたてられるが
今日は上手に目をそらされ、従順に飼い主に付き従っている姿を堪能することができる。
まぁ、オレの眺めている場所が少し高くなっていて、犬と目が合いにくいというのもあるが。

あちらから来たボクサーは胸の筋肉が特に素晴らしい。
飼い主も格闘家なのだろうか。なかなかに鍛えた腕をしている。
でも職業柄、犬とも飼い主とも目を合わせないように注意を払う。

あちらのテリアは悪戯そうな顔をしながら、なかなか堂々としている。賢そうだ。大物になるだろう。
あちらの秋田犬はなかなかいい後ろ足をしている。それなりの血統の持ち主だな。
向こうからきたアイリッシュ・セターは美しい顔をしているが、まだまだ子供だ。
そろそろあの気難しそうな主人に怒られるだろう。

鑑賞を楽しんでいた時、ふと何か気配を感じた。
揉め事か。
オレは立ち上がると、コーヒーの紙コップを握りつぶしてトラッシュボックスに投げ入れた。

 

「何をやっている」

一本もう一つ裏に入った細道。
賑やかな音楽が漏れ聞こえるゲームセンターの脇にてE組の生徒数人。
そしてその向こうに柄の悪そうな高校生らしき少年数人。
「あ、烏間先生」
手前にいるのは潮田渚、その横に赤羽業。杉野友人。
それで何となく話は通じる。

「何だ、テメーは!失せろ!!」
相手側の一人がオレを睨んでそう凄む。
オレはそいつには答えず、その後ろの一人に目を留めた。
黙ったままそいつを眺めると、そいつがうっすらと笑みを浮かべて口を開いた。

「アンタ先生か?助けて欲しいのはこっちの方だぜ?コイツらが先に絡んできたんだ」
オレはそいつに頭を下げた。
「悪かったな。生徒達が面倒をかけた」
「烏間先生!?」
杉野が驚いたような顔をして振り返る。
「中学生だろ?小学生の時みたいに笑って許してもらえると思わないようにしっかり躾とけよ」
「……ああ、邪魔したな」

そのまま踵を返すが、なかなか動こうとしない杉野に気付き、その肩を抱いて無理矢理振り向かせる。
「烏間先生!」
抗議の声には応えない。通りまで引きずるようにして歩き、更に少し離れてから腕を離す。
「馬鹿が。相手の力をしっかり見極めろ」
「先に絡んできたのはアイツらの方だよ!」
息巻く杉野の言葉には答えず、代わりの問いを投げる。
「何故、わざわざあんな絡まれそうな場所に行った?」
「え、それは業が渚とオレにゲーセン行こうって……」
杉野の言葉に業の方をチラリと見たら、業は軽く首を傾げて笑ってみせた。
「少し試してみたかったんだ。烏間先生が近くにいることはわかってたから実践演習みたいな感じでさ。
エサの渚に熱くなる杉野がいたら結構引っかかると思ったんだ」
返事をしないまま、ただ業を見続けたら、業は少しムッとした顔をして口を開いた。
「でも、オレ達大分強くなったんだ!アイツらくらいどうってことないよ!」
「どんなに強くなったって、身体に格闘の基礎が染み付いたヤツにお前らが敵うわけがない」
「え……」
「本当に強いヤツは力を誇示しないものだ。子供同士のケンカならオレも止めない。
ケガをして覚えればいい。だが相手が悪い」
「なんだよ、アイツらそんなに強いのかよ」
「前の方のはお前らでも数分は持つかもしれないな。でも後ろのは手を出したら終わりだ。
本気を出されたら大怪我どころの騒ぎじゃないな。まぁ、中学生相手に本気を出したりはしなかっただろうがな」
「で、でも先生なら一人だってやれるんじゃ……」
「オレがのしてどうする?オレがいない時に仕返しをされたいのか?」
その言葉に彼ら三人は黙って顔を見合わせる。
「経験を積むのは別にいい。だが、同じくらいの相手にしておけ」
それだけ告げてオレは彼らから離れた。そして改めてその将来を憂える。
中途半端な武器の訓練、サバイバルの知識、そして他人に刃を向ける暗殺という行為への抵抗感の欠如。
少しでも自分が出来るとわかったら試したくなるのが人間の習性だろう。
だが、刺激を求める人生などロクなことになるわけがないのはわかっている。
それでも、来年の3月までは続けなくてはいけないのだ。この暗殺教室を……

 

その時、イリーナの声が聞こえた気がした。
あいつにつけたのは茅野だったか。その声は聞こえない。
でも、誰かと話しているらしい気配がした。

少し身体を戻したら、イリーナがどこかのテラス席に座っているのが目に入った。
普通に女生徒とカフェに入ったらしい。
まぁ、生徒の手前だ。あいつもそうは無駄なことはしないだろうが。

カフェの前を歩く通行人がチラチラと彼女を目に入れる。
目立つ女だ。顔もスタイルも、その口から出る流暢な日本語も。
そして何より、オーラというものなのだろうか、意識して自分を他人の視界の中に入れさせている。
そういう訓練を行ってきたのか、あるいは天性のものなのか、華やかで人目を惹くと思った。
そして気付けば、自分もつい魅入ってしまっている。
オレは軽く舌打ちすると目線を外して歩き出した。

と、
「あ、烏間先生!ここ座って!」
いきなり腕を引っ張られ、オレは遊歩道のテーブル席の椅子に無理矢理座らされた。
何事かと思えば、寺坂たちだった。

「先生お願いだから、ここに座っててよ。オレ達これからナンパするんだけど
見栄えのいいヤツら皆どこか行っちゃったからさ、だから代わりに座ってて!」
ナンパの餌になれという。
馬鹿馬鹿しい。
立ち上がろうとしたら、
「あ、これ、コーヒー買ってきたからさ」
ドン!とカップを置かれ、問答無用で走り去って行った。

「まったく……」
オレは仕方なくコーヒーに口をつけた。
が、微妙に甘い。クリームが入れられているようだ。ブラックではないらしい。
とりあえず口の中に入れたそれだけ喉の奥に流し込む。
向こうの方で寺坂達数人が物色しているらしいのが見えた。だが、こちらも経験が少ないようだ。
いかにも急いでいる相手や人待ち顔の相手、それに釣り合わなそうな相手にばかり声をかけてすげなく断られている。
分相応な相手を選ぶ目を養うまでにはまだまだかかりそうだ。

でも、とりあえずは暇でいられそうなのでオレは改めて周りを見回した。
この席は先程の席よりは居心地が良くない。
夕刻近くとは言え、直射日光が当たって暑いし、テーブルも椅子もガタガタしている。
だが、通りを歩く犬達は先程よりも近く観察することが出来たので、オレはもう少しだけそこにいることにした。
ただ、聞きたくもないのにイリーナの声が聞こえてくるのは閉口だが。

「女はね、おごらせなさい」
5人くらいの女生徒が彼女を囲んでいた。
監視につけた茅野は僅かブーたれた口をしていたが、それ以外の女生徒はフンフンと興味深そうに頭を頷かせていた。

「ただし、その気のない男にだけよ」
「その気?」
「本気で落とすつもりがあるなら、おごらせるのは最初だけ」
「落とすって?」
「ステディな関係からもう一歩先、結婚して落ち着くつもりならね」
「えー、どうしてー?経済能力を見るにはおごってもらうのが一番じゃないですか?」
「おごらせるってことは、こちらが立場的に上であり、そして下であるということじゃないの。
でも結婚は対等じゃなきゃ、する意味がないわ。だから、対等に立つつもりがあるなら、自分も身を切れってことよ」
「えっ、身を?って切腹!?ヤダー!」
「ちょっと!アンタ達生粋の日本人の癖に、日本語がどこまで崩れてるのよ!身を切るってワリカンってことでしょ!」
「あー、そういう意味」
「まぁ、確かに結婚したらお財布一緒だしね」
「でも、ほら、烏間先生みたいにお金いっぱい持ってそうな人なら別にいいんじゃない?」
「馬鹿ね、大きく入るってことは大きく出て行くってことよ。そんな相手のことばっかりアテにしていていいと思ってるわけ?
自分の身くらい自分で守って、尚且つその相手の尻拭いもするくらいの覚悟でいなきゃダメってことよ」
「えー、相手の尻拭いなんか嫌だー」
「じゃあ、自分も同じことを言われると思いなさい」
「え、同じこと?」
「自分が病気になった時、借金だらけになった時、イヤだ、と言うような男と結婚したい?」
ブーイングのような肯定のようなそんな微妙な声があがる。

ふーん、と思う。
イリーナが意外に深く考えていることに驚く。
こちらは、やはりそれなりの経験値を積んでいるという所か。

「ねぇ、ビッチ先生は結婚願望ってあるの?」
「ないわ」
「えー」
「でも美少年なら飼ってもいいわね」
キャーと嬉しそうな女生徒たちの声。

寺坂たちは場所を変えたのか、姿が見えなくなった。
オレは紙コップを持って立ち上がった。そろそろ引き上げてもいい頃合いだろう。

「あ、烏間先生!」
茅野がオレに気づく。オレは数歩だけ近寄ると声をかけた。
「オレはそろそろ戻る。お前らも適当に帰れよ」
「はーい!」
見事に揃ったあまりに良い返事。きっと、まだまだ帰るつもりはないのだろう。

「ご馳走様でした!」
「さようなら、烏間教官!」
「都合のいい時だけ教官とか呼ぶな」
「はーい」

楽しそうに手を振る生徒達に見送られ、学校に戻ろうと歩き始めたら、イリーナが横を歩いていた。
「なんだ?お前も学校に戻るのか」
「悪かったわね」
別に文句も何も言ったつもりはないのだが、イリーナは何故か機嫌の悪い顔をしていた。
とりあえず面倒なので放っておく。

「別にー、私は担任でも教官でもないですけどー」
口が尖っている。
「ただのビッチですけどー」
返事を返さずにただ無言で歩いて行く。
さっきまで上得意な顔で女生徒達に滔々と自説をかましていたくせに、何だか知らんが、突然機嫌が悪くなったらしい。
やはり女は面倒くさい。
歩くスピードを上げようかと思った瞬間に、イリーナによって胸ぐらを掴まれた。
「ちょっと!ただのビッチなワケないでしょ!カラスマ、同僚ならフォローくらいしなさいよ!!」
「……何を拗ねている」
「拗ねてなんかないわよ」

オレはさっきの女生徒達とイリーナの会話を思い出していた。
同世代、同じ環境で育つ者同士の間では普通では聞けない話だろう。
人は多分、幅広い年齢の人間、様々な境遇の人間の話を聞き、それを追体験することで成長していくのではないか。

「いいじゃないか」
「何がよ」
「担任でも教官でも何でもないが、お前はここに居るべくして居るんだろう。
なら、ただのビッチでも何でも自分に出来ることをやればいい」
「何よ、それ」
「フォローしろと言ったから、フォローしたまでだ」
「それ、フォローになってないわよ!」
何でもいいが、沿道を歩く通行人からの視線が痛い。
こんな目立つ風貌の女が日本語で怒りの感情を露わにしているのだ。
どう見てもオレが悪者になってるんだろう。
オレはため息をつくと、指でイリーナに進めの合図をして歩き出した。

それからまた黙ったまま歩く。少し歩幅を狭くしているのは一応イリーナに合わせるため。
別に置いていってもいいのだが、何となくスピードを上げるのに躊躇した。
また後でギャンギャン言われるのが多分面倒だからだ。それだけだ。

「……悪かったわよ」
少し歩いた所で、イリーナがボソリと呟いた。
「ちょっとだけ羨ましかったのよ」
オレは沈黙を保ったまま、少しだけイリーナの方に顔を向ける。
「こんな平和な国でさ、守られるのが当たり前で、普通に恋愛して
結婚に夢を見たりとか、羨ましいな、と思っただけ」
それは学校の教室での居丈高な彼女からは想像できない、普通の二十歳の女の発言。

何も言わず、ただイリーナを眺めていたら、彼女は少しして顔を真っ赤にすると叫んだ。
「~~~なぁんてこと、この私が思うわけないでしょ!!
さ、帰るわよ!明日はかなりハードなエログロのヤツを見せてやるわ!!」
カツカツと靴音高く、腰を振りながらオレを抜かして先を急ぐイリーナ。
あんな細い踵の靴で、よくも真っ直ぐブレずに歩けるものだと思う。

「……別に、遅くないだろう。今からでも」
「は?」
「お前は十分強くなって自立しようとしている。別に恋愛も結婚も遅くないんじゃないか」
そう言ったら、イリーナは文句を返そうとしたのか一瞬口を開きかけ、でも閉じた。
それから、くるりと後ろを振り返り、何故だかパンパンと頬をはたいている。
よくわからない。何の為の行動なのか、何を考えているのか、全く理解出来ない。

その次に振り返ったイリーナは、また違う顔をしていた。
「じゃあ、カラスマぁ、あのバッグ買ってぇん」
イリーナの指差す方角にはブランドの店。ショーウィンドウに並ぶ型押しのバッグ達。

オレは鼻で笑うとイリーナを置いて歩き出した。
「どうせ買ってやったって、すぐに売りさばくんだろうが」
「あら、そうとは限らないわよ?んー、じゃあ、大事にするから~って言ったらどうする?」
ニッコリと微笑むその笑顔。

わかっていても買うバカが一体何人いたのか。
そしてこれから何人いるのか。
少なくともオレはその中に入らない。

オレはすぐ傍の屋台の売り子に小銭を渡し、それを一つ手に取るとイリーナの前に突きつけた。
「おまえはこれでも食ってろ」

ホカホカと湯気を立てるたこ焼きを、イリーナは文句ありげに頬を膨らませ、
フンとそっぽを向きながらも、でもしっかりとその手に受け取った。それから大きな声で毒づく。
「あーあ、食べ物でごまかそうとする男って最低!」

が、その時、たこ焼き状の頭の持ち主が触手を振り振り現れた。
「ああっ、イリーナ先生!私にも恵んでくださいよ!ほとんどおこぼれに預かれなかったんですよ~!」

派手な金髪女と怪しいマントの生命体が、たこ焼きの分配をめぐって格闘を始めるのを
オレは見ないフリして学校へ戻った。

 

ー 終 ー

 

ひとこと

少し前の烏間先生ネタでした。もっと早く出したかったんですが。。。書きかけて放っておいたのを何とか続けてみました。無駄に長くてスミマセン。ただ単に、『おまえはこれでも食ってろ』が書きたかっただけ。生徒のキャラがちゃんとつかめてないままですが、その辺り広い心でご容赦くださいませ。 (2013.05.30)

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