カラス - ヴァローナ -

 

人に借りを作るのは得意。
だって、それをネタに距離を近付けるのが口説きの常套手段だから。
いくら隙のない人間相手だって、私のこの美貌とフェロモンは武器になる。
それこそ同性愛者とか偏愛主義者でもない限りね。

でも同僚にそれって結構やりにくい。

ううん、あるわよ。
同僚に借りを作ったことも。借りを作らせたことも。
それで距離を縮めて油断させ、私の思い通りに事を進める。

でも、カラスマが相手となると……
ホンットやりにくいのよ。

 

カラス - ヴァローナ -

 

カラス。
ロシア語ではヴァローナ。

日本に来て、まず驚いたこと。
カラスが真っ黒で大きいということ。

私の生まれた国のカラスは、身体がもっと小さくて
灰色のベストを着ているみたいに背中とお腹の部分が白いツートンカラー。
お酒やパンが好き。
結構可愛いヤツなのよ。
なのに、日本のカラスのこの可愛げのなさは何?

そして、このカラスマ。
名前の通り、いっつも真っ黒ないでたち。
そして、可愛くない。

隙がないし、いっつもムスっとしているし、笑った顔なんか見たことない。
顔立ちは割と整ってると思う。
でも目つきがね、悪いのよ。

まぁ、目つきの鋭い男なんか、相手にし飽きるくらいしてるんだけどね。

「そう言えば」
ずず……とお茶を飲んでいた殺せんせーがふと顔を上げる。
「何よ」
ナイフを左手でザクザクと振り回しながら答える。
勿論、そのターゲットは机の上で私の胸の谷間を鑑賞しながら熱いお茶をすする殺せんせー。
右腕ばかり使用しているとそちらに筋肉がついてしまうから、今は左腕のトレーニング中。
バランスの良いプロポーションを維持する為には様々な努力が必要なのよ。

その対先生用ナイフをシャシャシャッと避けながら殺せんせーはポッと頬を染めた。
「イリーナ先生は、烏丸先生へのサービスは提供し終えたんですか?」
「は?」
蘇る記憶。
それはつい先日のこと。
カラスマにナイフを当てることが出来なければ、今回の任務を外されてしまうことになって、
かかるわけはないとも思いつつ、カラスマに色仕掛けを決行したのだ。
その時に口にした台詞。
「ああ、それはあれよ。方便ってヤツ」
そう軽く口にしたものの動揺は手に現れ、ナイフは見事すっぽ抜けて殺せんせーの右肩上方を掠めた。

「にゅやっ!?」
その途端、殺せんせーは意外にも大げさに飛び退いた。
「あら、今当たった?」
「いえ、大丈夫です。でもやめてくださいね。私、無意識の反射行動には弱いんですよ~」
アセアセと零したお茶を雑巾で拭く殺せんせーに、後でこの弱点を渚にメモさせておこうと決める。

じっとりと殺せんせーを睨む私に、殺せんせーは一つ咳払いをすると居住まいを正し
高潔な人格者のようなゆったりとした微笑みを浮かべた。
「イリーナ先生、私は常々思っているのです。教師たるもの、自分の言には責任を持たなくてはいけないと」
「え?」
「そうでなければ、純粋な子供達にどうして道を説くことが出来ましょうか。……いえ、出来まい!」
拳をふるふると天井に突き上げ、自分の言葉に酔いしいれる殺せんせーに、腰に付けていたナイフで突きの連続コンボを再開する。
が、今度は両手で行うも全て見事によけられた。
「……だから何よ?」
はぁ、と息をついて前髪を少し整えたら、殺せんせーの口がにたぁと横に大きく開いた。
「約束は約束。決行すべきと思います!というわけで、早速、烏丸先生に極上のサービスをしに参りましょう!」
「はぁ!?」

 

ピンポーン。チャイムと同時に
「お邪魔しまーす」
ピンク色の声が玄関から上がった。

「帰れ」
口から出るのはその台詞のみ。
「そんなっ!烏丸先生ったらヒドイです!来た瞬間に帰れだなんて!」
「鍵を勝手に開けて入ってくるんじゃない。不法侵入で警察に引き渡すぞ」
「警察に引き渡せるものならしていただいてもいいんですが、でも、せっかくサービスしに来たのにそれはヒドイですよ~!」

このピンク色の声の持ち主は、3年E組の担任教師、通称殺せんせーだ。
その後ろに黙って形ばかりの笑顔を作っているヤツが一人いるが……
「イリーナ、お前まで何をやっている」
そう声をかけたら、そいつは引きつらせた笑顔のまま口を開いた。
「ほ、ほら、前に極上のサービスをするって言ったでしょ?だから約束を果たしに来たの」

ああ、と思い当たる。
約束と言えるのかどうか、オレを油断させてナイフを当てる為のクサイ芝居。
オレは無駄なことは嫌いだ。
あの場で完全に避けることも当然出来たが、その為の労力と時間、それに対する負荷価値を鑑みて譲歩した。
ただそれだけのこと。

「結構だ」
指を外に向けて「帰れ」のジェスチャーをするが、
「烏丸先生!約束は約束です!イリーナ先生のせっかくのお気持ちを踏みにじるおつもりですか!?」
関係外のヤツがギャーギャーと騒ぎ立てる。
「聞きたくもないが一応聞いてやろう。どんなサービスだ」
「それは勿論、“極上のサービス”ですよっ!」
イリーナの代わりに、ヤツがフンフンと鼻息を荒くして答えた。

極上だ?
その語句にいい予感などするわけもない。
「そのサービスの内容は?」
冷たく問うたら
「極上の料理とか!」
どこから持ってきたのか、湯気のたった大きな鍋を手にしたヤツが答えた。
「オレは任務に万全を期している。他人の作ったものを口にするつもりはない」
「極上の掃除とか!」
今度はハタキやらホウキやら雑巾やら、また必要もなさそうな業務用の大型掃除用具まで抱えている。
「オレは部屋の中を他人に勝手にいじられたくない」
「極上のお酒とか!」
大小様々、色とりどりの酒瓶が並べられる。
「オレは任務中は酒はやらない」
「にゅやっ!?今は任務中ではないですのに!」
「お前がそこにいる限り、オレは任務中だ」
「ではでは!極上の家族とか!」
割烹着を着け、おかんの格好をして頭には頭巾を被る。
「いらん」
「では、極上のマッサージではどうか!」
触手が大きく部屋いっぱいに広がってウネウネと蠢く。冗談じゃない。怖気がする。
「オレは人に触られたくない」
そう言った途端、イリーナが口を挟んだ。
「何よ!カラスマは私のことは平気で触るじゃない!」
「にゅやっ!?そうなんですか?それは意味深ですね」

イーミシン、イーミシンと踊り回るヤツを横目に、オレはため息をついた。
「お前が全校朝礼の場でナイフを振りかざしていれば、止めるのは当然だ」
「でも」
食ってかかってこようとするイリーナを冷たく見据える。
「周りの状況を判断して行動出来ない人間は任務の邪魔になる。排除も厭わない」
ぐっと口をつぐむイリーナ。

「サービスとは本質的には無形で、何の所有権ももたらさない」
「え?」
「また、提供される側にとって利のあるものであるべきだ」
黙ったまま眉をひそめるイリーナを上から見下ろす。
「オレに対して提供出来るサービスがお前にはあるのか?」
悔しそうに唇を噛む姿。そうしていると年齢相応に見えなくもない。

「ふっふっふ……」
突如、声を上げてヤツは笑い出した。
「さすが烏丸先生はオトナですね。そうです!サービスとは烏丸先生が受けて価値を感じるものであるべきです」
それからイリーナの肩をたたく。
「さあ、イリーナ先生!ここからはオトナの時間です!極上のサービスを開始してください」
「は?」
「では、邪魔者はこの辺で失礼しましょうかね。ドーゾごゆっくり」
ニコニコと罪のない顔で触手をユラユラと揺らし、ヤツは退場する。
元からこの展開の予定だろうが。
そう、口には出さずにそれを見送った。

数秒後、パタンと音を立てて閉まった扉。
嫌な沈黙が部屋の中を流れる。
オレは軽くため息をつくと、棚に乗せていた観葉植物を手に取った。
ベランダの陽当りのいい所に出してやり、机の上に置いてあったペットボトルの水をジャバジャバと浴びせる。
緑の葉が水を弾いてベランダの床を濡らした。
中の水を全部かけ終わると、オレはベランダに通じる戸の鍵を締め、それから勢いよくカーテンを閉じた。

「ち、ちょっとカラスマ!?」
「待ってろ」
部屋の中央で戸惑った顔をしているイリーナに短く声をかけると東側の窓のカーテンも閉める。
ベッドの脇で散らばっていた本をまとめ、クローゼットにしまう。
それから天井の照明に目をやった。
まだ夕方だ。部屋の中は微妙に薄暗い程度。

「ねぇ、ちょっとカラスマ!」
少し声を荒げたイリーナに、そこでやっと振り返る。
そして、名前を呼んだ。
「イリーナ」

 

「イリーナ」
呼ばれた瞬間にゾクリとした。

な、何よ。
声のトーンがいつもより更に低い。

「さて、極上のサービスをしてくれるんだよな?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるカラスマ。学校での彼とどこか違う。
「い、いいわよ」
私の返答にカラスマは軽く首を回して見せ、
それから羽織っていたシャツを脱ぐとそのままドアノブに被せて私の前を通り過ぎた。

「じゃあ、来いよ」
さっきまで慌ただしく動き回っていたというのに、今はすっかり落ち着いた顔で私を振り返る。
その向こうに見えるのは先程雑誌が綺麗に片付けられたベッド。

私は黙ったままカラスマを見据えて、そこで気付く。
こいつって、部屋の中でまで黒ずくめで過ごしてるんだ。
普段は黒いスーツ上下に白いシャツ。
今は黒のタートルに黒のストレート。さっきまで羽織っていたのも黒のシャツ。
ホント名前の通り。

私は出来るだけゆっくりと歩いて、ベッドサイドまで近付く。
カラスマは既にベッドに腰掛けていた。
その口から発せられる冷たい声。

「上着を脱げ」

わかっていて、ここに来た。
だけど何か納得がいかない。
そう、納得がいかないけれど、でも抗えない。
悔しさと、どこか感じる切なさに心が疼く。

ジャケットのボタンを外していく。
インナーの黒と自分の肌の白さ。そのコントラストも一つの武器。
でも、今は色をつける余裕がまるでない。
まるで無垢な頃の自分のようだ。

ジャケットの袖から片腕を抜いたら、カラスマがそれを取って部屋の隅に向かって放り投げた。
パサッと音を立ててジャケットが落ちる。

シワになるじゃない
そう言いたかったが、口を開くことが出来なかった。
重い空気が流れる。

こんな、相手のペースに飲まれるなんて私じゃない。
そんなことあるわけない。そう、許せない。
私はプロなのだから。

カラスマの手が私の腕を掴んで引っ張る。
さっき、人に触られるのは嫌いだと言っていた。
でも、その手は温かかった。
私の手は今きっととても冷たい。
この手で触れようとしたら、拒絶されるのだろうか?
心の奥底が凍る。

ううん。
ううん、そんなことさせない。
どこかで逆転してやる。
そう、私とカラスマの立場を。

そう思いながら私は目を閉じた。
その時、

シャッ!
鋭く空気を割く音がして
「キャー!!」
悲鳴がカーテンの向こうから聞こえた。

カラスマは私をどかしてベッドから降りるとベッド際のカーテンを勢いよく開いた。
そこには身を細めて顔色を青に変色させた殺せんせーの姿があった。
「ふーん、少しは掠めたか?」
「にゅにゃにゃっ!?な、何てことするんですっ?」
触手のほんの一部が僅かにただれていた。

「仕掛けた盗撮カメラは、やはりあれで全部だったようだな」
「フッフッフ……。さすがは烏丸先生です。
観葉植物にベッド脇の雑誌にドアノブ、それから照明器具のカメラまで潰すとは」
「見え透いた手を……」
「カメラが映らなかったらカーテンの隙間から覗くはず。そこを狙っていたのですね」
「まさか本当にいるとは思ってなかったがな。狙われることはわかっていたろうにそこにいたということは、
避けられる自信があるか、または危険を冒しても余程見たいか」
「ええ!とっても見たいんです!」
かぶせるようにして答える殺せんせーに、カラスマはハァとため息をついて腕を組んだ。
「その根性は見上げたものだと思う」
パァッと殺せんせーの顔が桃色に上気する。
「じゃあ、続きを是非!私は大人しくここから見ていますから!」
ワクワクとまた覗き見態勢に入ろうとする殺せんせーに、カラスマはとても冷静に口を開いた。
「だが、教師としてどうなんだ?それは。生徒にその姿を見せられるのか?」
ギクッ
殺せんせーは見た目にハッキリと動揺し、
「あ、明日は確か、イリーナ先生の保健の授業がありましたよね!楽しみです~」
呟きながら、マッハで消えて行った。

呆然とする私を、カラスマが不敵な笑みを見せて振り返った。
「イリーナ、ナイフ借りたぞ」
ハッと気付けば、腰に忍ばせていた対せんせー用のナイフがない。
「確かにアンタの色気は、多少任務に役に立つようだ」
それで気付く。
上着を脱げと言われたのは、ナイフを最短の時間で放つことが出来るように
邪魔になるものを除去しただけ。
私の身体に触れたのは、私の陰からカーテンの隙間を狙いやすいように移動させただけ。

ゴゥ……と凄まじい風が脳内を吹き荒れ、仄かなトキメキは嵐と共に吹き飛んで行った。

「ぶ、ぶ、ぶゎかじゃないの!?」

日本のカラスは大嫌い。
真っ黒で可愛くなくて目つきが悪い。
根性がねじ曲がった性悪な顔をしている。
人を馬鹿にしたように上から目線で笑う。

私はベッドから降りると床に落とされたジャケットを拾い上げ、パンパンと埃を払いサッと腕を通した。
ファサッと髪を後ろになびかせるとジャケットのポケットから携帯電話を取り出し、母国語で数語だけ指示をするとすぐに電話を切った。
それから振り返る。

「ねぇ、カラスマ。サービスは本質的には無形で、何の所有権ももたらさない。
そして、提供される側にとって利のあるものであるべき、よね?」

それがどうした?という顔をしているカラスマ。
ええ、そう。
私は口の端を横に大きく広げた。
にっこりと。

「極上のサービス、ご希望通りにたっぷりして差し上げるわね」

もの問いたげな顔をしているカラスマに軽く優雅に手を上げ、私は歩き出した。
「じゃ、失礼するわ。また明日ね。どうぞごゆっくり」

勤勉だか何だか知らないけど、日本人は絶対オカシイ。
任務遂行の為なら、煩悩すら綺麗さっぱり捨て去れるんだから。
ああ、これがいわゆる“僧”とか“聖”とかいうものなんだ、と私は思いながら、
カラスマの家のドアを思いっきり蹴飛ばして家路についた。

数分後、黒塗りの車が到着する。
黒く精悍な彼らは到着と同時に号令に従って一気にカラスマの部屋の中に突入する。
そしてその数秒後、物凄い喧騒が四方数百メートルに響き渡った。

ギャンギャン!ウー!ガフガフ!ガフガフ!!

「あらあら。だぁい好きなのに目を合わせると吠え立てられるってお気の毒」
うふふ、と笑う。
フン。大型犬の出張サービスを心ゆくまで堪能すればいい。

でも
「日本で一番怖れられるのは、近所メーワクなんですってね」

彼は、あの部屋から追い出されるだろう。
でも、無駄なものがほとんどない彼のことだ。恐らく、身一つでアッサリと移動する。
学校で私を睨むだろうけれど、でもきっと何も言わない。

カラスマってそんなヤツ。
日本のカラスもきっとそんななんでしょうね。

 

ー 終 ー

 

ひとこと

ロシア語での犬の鳴き声は「ガフガフ」なんだそうです。唸り声はどんななんだか存じ上げませんが(^^;
暗殺教室、今更な「極上のサービス」ネタですみません。あ、でも単行本的にはちょうどなのかしら?3巻に入ってる?(買えって)いや、10巻くらいで終わるなら買ってもいいんだけど……と悩みながら本屋でピンクの表紙を見ていたんですが、今月は「この音とまれ!」と「貧乏神がっ!」の新刊が出たので、「暗殺教室」は涙を飲みました。。。
こちらのテキストは大分前に半分以上書き上げていたものなんですが、モロモロの理由で遅れてしばらく放置されておりました。ヤマナシオチナシイミナシすみません。でも日の目を見て良かった……(^^;
烏イリはいいですね~。どこがいいのか、と聞かれると困りますが、なんかいいんですよ!そして微妙な絡み方をする殺せんせーも大好きです!!ああ、もしかしたら私ってば、殺イリもイケるかも……(どんなだ、それ) (2013.03.04)

 

86 人の方が「読んだよ!」してくれました。