イズヴィニーチェ(烏イリ)

 

寒い。

私は暗闇の中にいた。
身体に力が入らない。震える力すらもうなかった。

死ぬって冷たくなっていくこと。
固くなっていくこと。
グニャグニャに力の抜けた温かいものが、徐々に冷たく固まっていく。
ドロドロの色々なものが詰まった鉄のような臭いがきつくなっていく。

ナイフは嫌い。
あまり上手ではないから。
必要最低限の使い方しか教えてもらわなかった。

至近距離で間違いがないのは、やはりピストル。
どこでもいい。どこかに当てさえすれば相手は動きを止めるし、そうすればその後はゆっくりと急所を狙えばいい。
血がはね返るのが嫌だったら、蹴り飛ばしてから撃てばいい。

でも、確実に殺るなら、やはり至近距離しかない。
だから最初の一発は至近距離で当てた。
それなら、どんなに下手でも外れない。

さっきまで暑苦しくみっともなく動いていた男が動かなくなる。
許しを乞うように懇願する。
信じられないと言った目で私を見る。

私は単なるピアニストで、売れない歌手で、女教師で、名のないダンサーで。
ただの玩具と思ったものが実は暗殺者だったと知った時、男達は一様にしまったという顔をして、自分のまぬけさを呪うように天を仰ぐ。

それは私にとって、終わりの合図でもあり、また次の暗殺への始まりの合図でもあった。

でも、神様、もう終わっていいの?

 

イズヴィニーチェ ー 赦し ー

 

 

『死神はわかってくれた』
嘘つき。
わかるわけないじゃない。
誰にもわかるわけない。私のことなんか。
私だってわかるわけない。死神のことなんか。他の仲間のことなんか。死んでいった連中のことなんか。

私はわかって欲しかったんじゃない。
そんな傷を舐め合うような生ぬるさが欲しかったんじゃない。

遠く、どこかで瓦礫の崩れる音がする。
遠くなのにうるさい。
音と共に身体の力がどんどん抜けていく。
自分の中から何かが流れ出るスピードが増す。

流れ出ているのは血。
そして命。
もっと早く流れ出てしまえばいいのに。
消えてしまえばいいのに。

ああ、ミスったわ。
薄暗い意識の海の中で私は嗤う。
いざという時のために自分を封じる手段が今の私にはない。
何であの時外してしまったんだろう。
早く楽になってしまいたいのに。
きっと神様は私を楽にさせる気なんてないんだ。
だって、私は罪を犯したから。

自分の隣で冷たく固く硬直していく大きな肉塊。
暗く狭い物置の中で、それは私自身の未来の姿でもあった。
私もこうなるのだ。
ううん、実はこの大きな肉塊は私自身なのかもしれない。
……じゃあ、今物置でじっと隠れている私は誰?

気付いたら身体にのしかかっていた重みを感じなくなってきていた。
感覚がなくなってきたのかもしれない。
それなら、意識がなくなるのももうすぐ。

私はホッとした。やっと終わる。
終われるんだ。

でも、その時、瞼の上に光が射した。

「さっさと出てこい。重いもんは背負ってやる」

何?何を言ってるの?
重いもの?

重たい瞼を持ち上げたその先にあったのは瓦礫を背中で支えるカラスマの姿。
私はぼんやりとその姿を眺めた。

……アンタに背負える訳がないじゃない。
こんな生ぬるい国でぬくぬくと育って、本当の意味での生命の危機を感じたこともなくて、カッコばっかりつけた日本の男なんかに。

でも……

「イリーナ」

私を呼ぶ声。
聞きたくないと思うのに耳はきちんと音を拾う。
私が裏切った男の声。

あの時、無防備な背中が目の前にあった。
もっと近づこうと思った。
でも出来なかった。手が勝手に引き金を引いた。頬の脇を掠った弾丸。

向けられた銃口に、でも殺意はなかった。
それは彼も、そして死神もわかっていた。
茶番だって。
私に出来るわけがないって。

匂いがする。
血の匂いではない。
クリーニングのきいたワイシャツの……

「カラスマ」
口を開ける。

何で私を助けたの。
問いは声にならない。
だから答えもない。

「止めるぞ」
声と共に頭を強く圧迫される。
「う……」
「無理には動くな。比較的短時間だが圧迫されていたからな。でも意識は保て。次は肩を嵌めるぞ」
次の瞬間、肩が無理矢理動かされて激痛が走った。
「あっ……う」
息が出来ない。

何よ、この痛み。
やっと感覚がなくなって死ねると思ったのに、どうしてまた戻るの。

「止血はした。応急処置だがな」

余計なこと、しないでよ。
それも声にはならない。

身体の奥深く、胸の辺りがじくじくと傷んだ。
そこには私がいた。あの日、兵士を殺した時から凍ってしまった小さな私。
その私が泣いていた。泣いたって何も解決しないのに。

日本は嫌い。嫌いよ。
生ぬるくて、馬鹿みたいに礼儀正しくて、懲りなくて、頑固で、ふざけた偽善者ばっかりの国。

なのに……

「カラスマ」

好きよ。

声に出せない。
でも、きっと通じてる。

私は目を閉じ、広い温かい背中に身を寄せると、その肩に頭を乗せた。

 

ー 終 ー

 

 

ひとこと

今週の烏イリ?回にはもう色々悶えましたが、やはり「助けてあげて」がぐっと来ましたね。
そして人類最強決定戦!ホント、人間じゃないよ(笑)
多分、来週には烏イリはサラッと終わってると思うので妄想してみましたー。

 

82 人の方が「読んだよ!」してくれました。