知らない
知らない
知らない

私は呼ばれたから
だからここにいるだけ
ウソじゃない。

呼んだ
ろくろがいけないのだ。
だから……

「ん?」

寝ぼけたような声がして
それから息を呑む音がする。

ろくろの手がぎゅっと硬直した瞬間
反射的に強く握り返してしまった。

あああ
間違えた。

でも、今更手の力を緩められない。

視線を感じる。
どうして私がここにいるのか
記憶を整理しているのかもしれない。

お、起こせばいいのに。
起こしなさいよ。

それより
手を放してよ

心の中でつぶやきながら
でも自覚してる
今、ぎゅっと握りしめているのは
私の方

だって手と手が磁石でくっついてるみたいに
離れないのだから

ろくろの視線が痛い。
でも、手が離れる気配はなくて
起き上がる気配もない

もしや
観察されて……いる?

人の顔を……
それも女の子の、寝顔を……
ジロジロ見る……なんて
失礼にも、ほどが……ある

そう怒りを覚えつつも
目を開ける勇気がない
それに不安が湧き上がってくる

私、
どんな顔、してるんだろ
変な顔してない、だろうか

思わず
キス
したくなるような顔とか
……してたらいいのに

でも

『紅緒とそういうのとか、ありえないから』

ろくろの暴言を思い出し
ピクリと眉が上がりかける

どうせ
私は胸がない
ですよ

でも
ブラ……買ったのに

可愛いブラを買ったのだと
そう話したら……ちょっとは
見なおしてくれるだろうか

その時、
何の前触れもなく
唇の端に何かが触れた

「〜〜〜〜〜〜?!?」

キ、キ、キ……キス?

ダメ……
キスは、きちんと準備して
それなりの雰囲気で
大切にしたい、ものだから
だって、初めて……だから

でも
唇に触れたそれは
指のよう
コリコリと何かを
こそげ落としているような……

そこでもう一つの可能性に気付く。

まさか……
あんこがくっついていたんじゃ……

一番ありえる答えに、頭の中が緊急停止する。
あんこ付きの唇なんて
キスするどころか
嘲笑される……だけ

ああ、せめて口の周りをぬぐってから
呼ばれていれば……

そういえば、最後のひと口を
食べ損ねたことを思い出す。

きっと、もうあんこは水分が飛んで
カピカピになっている。

無念……

「……ふ」

その時、奇妙な声がして

「ぶえーっくしょい!」

まるで色気のない音が響き渡って

ゴチン

何かが頭に強くぶつかってきた。

「痛……い」

起き上がる。
これは起き上がらざるを得ない。

頭に受けた衝撃の痛みと
何かわからない不快感と
それから食べ物の恨みやら
色気のない自分とろくろに対する怒りやら

たくさん抱えたまま
無言で起き上がると
ろくろを睨みつけた。

 

「あ、べ、紅緒、ごめ、起こしちゃって、あの」

鼻をすすりながら
顔を赤くしているろくろ。

手は今の衝撃で外れていた。
それがまた口惜しい。

この全ての負の感情を
どう表現していいものかと悩んでいたら

「……あー、えーと、ふ、風呂、入ってこいよ」

突然、脈絡なく告げられる。

この状況でどうしてそんな流れになるのかと
口をひん曲げたまま首を傾げたら
ろくろは目をそらしてTシャツの中のおなかをバリバリとかいた。

「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ。それに」
「?」
首を傾げて、ろくろの言葉の続きを待つ。
「髪の毛、洗った方がいいかなーって」

髪の毛……?

素直に頭に手をやれば
べちょりとした感触。

「〜〜〜〜〜!!」

ゴウッ!
髪の毛が逆立つ。

髪は……女の子の命
それを……こともあろうに
鼻水で汚すとは

「そこ……に、直れ。直りな……さい」
「待て、紅緒! わざとじゃない! わざとじゃ!」

赤い顔をして
鼻水をたらして
必死に首を横に振っているろくろ。

本当に……君は
陰陽師として以外の君は
ダメダメだと……思う

でも……

ため息をつく。

続くはずで続かなかった攻撃に
ろくろが、おそるおそる顔を出す。
「紅緒……?」

「もう、いい。それより……
風呂に……入った方が
いいのは……君の方、でしょ」
「え?」

驚いて顔を上げるろくろ
その額にコツリと
自らの額を当てる。

「熱が……ある」

ろくろは……いつも無駄に元気で
時々、頑張り過ぎる、のが
とても心配だから……

「ね、熱なんか……ねーよ!」
「いえ、顔が赤く……なってるし」
額を通して伝わる熱。
「え、だって、それは……」
風邪の兆候を見逃すまいと
じっと見据えたら
間近で逸らされる目。

「息も上がってる、し
それに……脈も早い」
「いや、息も脈も元気だし
熱なんかねーし!」
かたくなに風呂を拒むろくろ。
何か隠し事でもあるのだろうか?

それとも
私に心配させまいと……?

「おかゆ……作って
あげましょう」

憧れていたのだ。
風邪をひく夫に
妻がおかゆを口に運んであげる光景。

「一度、作って……みたかった、から」

その途端、ろくろの顔が大きくひきつった。
「みたかった……って、初挑戦かよ?」
コクリ、とうなずく。
「今日の……食事当番、かわる、から」
ろくろはバッと後ろに飛び退った。

「俺、病人じゃないから! おかゆなんか食わないからなっ」
「でも……顔が赤い、し」
「お前が悪いんだろっ!」
「……え」

ろくろの顔が更に赤く燃えている。

「ろくろ?」
「あーもう! わかったよ! 風呂先に入ってくるから!」
「あ……待って」
ふと、自分の髪の毛のことを思い出す。
「じゃあ……一緒に」
「は?」
「私も、髪を……」
「……お先っ!」
ピューと逃げ出すろくろの服を掴む。
「うわぁ、服を引っ張るな! 何だよっ!」
「話が……終わってない」
「終わった! 終わったってば! 俺は元気だからおかゆはいらない。でも、風呂は先にもらう! 断じて一緒にではなく! わかったな? ついてくんなよっ!」
「女の子の……髪の毛を、こんなに……しておいて?」
「だから、わざとじゃねえって」
泣きそうな顔をしている。

仕方ない。許して、あげよう。
「わかった……許す」
ホッとした顔をするろくろ。
可愛い。

「でも、罰として……洗って」
「は?」
「髪の毛……洗ってくれたら
許して、あげても……いい」
「ええっ!?」

ろくろは悲鳴を上げて
それから、クモみたいな態勢のまま
ズササッとリビングの入口まで後ずさった。

「お、俺の負け! 負けだから! ごめん! もう勘弁してー!!」

ダダダダダ……

遠ざかる足音。

勝ち負けなんか
言ってないのに

髪の毛洗うだけなら
タンクトップに短パンでも
いいのに

あ、でも
「ブラ、見せる……いい機会、だったかも」

可愛いと言ってくれたら
髪の毛に鼻水つけたこと
許してあげるのに

「ろくろの……バカ」

小さく呟く。

いつか
もう少し胸が大きくなったら
一緒にお風呂に入ったりするんだろうか

その時は
あの背中
もう少し広くなってるんだろうか

ほわぁ……
頬が緩む

「背中……好き、だな……」

床に転がっていたおはぎの空き箱と
割り箸を拾い上げてごみ箱へと捨てて

それから
婆やにおかゆの作り方を教えてもらおうと
受話器を上げかけて
しばし逡巡する。

『紅緒様が風邪をうつされたらどうしますっ!
即刻、お屋敷からの退避を! 紅緒様っ!』

事情を話したら、教えてくれないだろう。

料理本を手に取ったけれど
おかゆのつくり方は書いてなかった

そんなに高度……なのだろうか

憧れのおかゆへの道は
まだ遠い……

 

― 終わり ―

 

ひと言

とにかく、ろく紅の二人が愛しい。
SQでの連載開始時に「子ども向けバトル漫画かぁ」と
投げた私をお許しください。
さすがは助野先生っ!安心のキャラ&ストーリーです。
特に女の子を大切にしてくれる仕事っぷりは
少年漫画では不動の安定感!女心もちゃんとわかってらっしゃる!
だからこそ、陰陽(男女)合体としての
ろく紅を描かれることになったのだろうなぁ(尊敬)

アニメオンリーの方がもしいらしたら
是非コミックスも読んでくださいね。
そして4コマもチェックしてね。

アニメは展開がのんびりですね。
内容的に追いついてしまうからでしょうが
ならば「貧乏神が!」の2ndをアニメ化しようよ。
もみいちのラブラブが見たいよ……
え、つわいちじゃないって? いいの。

 

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