贖罪(メリエリ)

 

「ったく、おめーも凝りねーな」
甲高い声が背中に回り、ギリギリと細い縄が身体に食い込む。
「……別に、縛られたって構わねーけどさ」
「あん?」
「いざとなりゃ、こんなもん……」
ニヤッと笑い、そこで言葉を止めたオレを、ピンクの豚はギロリと睨んだ。
「それでもこういうもんはケジメって言うんだ」
「ホ、ホークちゃん、メリオダス様は、だ、大丈夫よ」
真っ赤な顔をして、腕で胸を隠すようにしながらエリザベスが口を開く。
オレはうんうんと頷いた。
「そうそう。何も怖いことはねーよ。優しくするからさ」
アハハと笑うオレの背中に、豚の蹄がドシッと乗り、縄が更にギリギリと深く食い込んだ。

数分後、がんじがらめに縛り上げられたオレはポイッとベッドの上に転がされた。
「よし、こんなもんだろ」
満足そうにピンクの豚は言って、ベッド上のエリザベスをキリッと見上げた。
「エリザベスちゃん、何かあったらオレを呼べよ」
「あ、うん。おやすみなさい、ホークちゃん」
「おう、お肌の美容のためにすぐ寝ろよ」
「うん」
「フッフッフ……夜は長いんだぜ。たっぷり可愛が……あだっ!!」
言いかけたオレの頭に、ガンッと分厚い本が飛んでくる。
「こんのドぐされ外道め。いいから、もう寝ろ」
すっかり呆れきった声に、オレはウィンクして答えた。
「大丈夫だ、オレがエリザベスには指一本触れさせねーからさ」
「何言ってやがる。お前こそが危険なんだろーが」
そう答えて、でもホークはオレの縛りを確認するとフウとため息をついて歩き出した。
「じゃあな」
「お、おやすみなさい」
「おやすみー」

ドアが閉まる直前に声が聞こえた。
「ったく、罪深い野郎だぜ」

 

ー 贖罪 ー

 

 

スースーと規則的で穏やかな寝息が聞こえる。
目の前十数センチ。無邪気に眠るエリザベスの横顔があった。
「エリザベス、秋の夜長って言葉知ってるか?」
無邪気な寝顔に小声で話しかける。
が、当然答えはない。
長い睫毛が頬に落ちてふるふると震える。

「ったく、身体ばっか成長したくせにお子様だよなぁ」
そうぼやきながら、でも、それでいいと思っている自分がいた。
本気にはならない。
なれない。
好意を持たれていることには気付いている。
でも、それに応えることはない。

微笑するように軽く閉じられた口元。
桜色の頬。整った鼻梁。
頼りなげによくへの字を描くくせに、いざと言う時にはその意志の強さを表す眉。
少し尖った形の良い耳。そして少しふっくらとした耳朶を彩るのは王国の紋章。
真っ白なうなじに細い銀色の蜘蛛の糸のような髪の毛が纏わり付いている。
鎖骨まで滑らかになだらかに続くライン。そこからふっくらと盛り上がる豊かな胸元。
細いくびれと広がる腰。そしてそこから膝に向かって締まっていく様は男なら誰でも目を奪われるだろう。文句のつけようもない。

「でも、違うんだ」

そう、オレは違う。
だから、余裕の顔で告げた。
「ほれほれ、暢気に寝てるんなら、いたずらしちゃうぞ」
言って、首筋に顔を埋める。
起きていれば、エリザベスは赤い顔をして身を固くしただろう。
その、必要以上に動揺した姿を見ることで、オレは自分を冷静に保っていたのだということに気付いたのは後のことだった。
温かく柔らかい肌と、そこから香り立つ甘い匂い。
頭の奥のどこかがチリッと焼き付けられるような気がした。

目の前には白い肌。
何者にも蹂躙されていない無垢なそれが横たわっている。
誘うようにうっすらと開いた口。細く、無防備に晒された喉元。
思わず口を開いてかぶりつきたくなる欲求に襲われ、オレは慌てて視線を横に流した。

その瞬間、脳裏をビジョンが走る。
雨の宮殿。おびただしい数の兵士の遺体と、低く高くあちこちから漏れるうめき声。
『メリオダス……』
柔らかな声。
少し鼻にかかったようにくぐもって響くのは泣いていたせいか。
いや、血が喉に詰まっていたせいだ。

血……
その紅い光景を思い出した瞬間、胸の下の方がチロチロと氷水に浸されるように冷えていくのを感じた。
そして背中から全身の末端に向かって広がりゆく暗暗とした絶望感。
(駄目だ。)
この隙を待っていたかのように、足元からじわじわと上りくる魔の力。
(支配されるな。)
憤怒の感情は魔を呼ぶ。

あの時、心の命じるままに従い憤怒の感情を解き放った瞬間、言いようの無い幸福感に包まれた。
自分は何でも出来る。
彼女の命と共にオレも消えよう。
全て消えてしまえばいい。オレも彼女も、彼女を傷つけたものも。

でも次に気付いた時、自分は死んでいなかった。
ただ、周りの風景は全て変わっていた。

 

「メリオダス……様」
耳に届いた微かな声に意識を引き戻される。

ハッと身体を離した。
息があがっていた。嫌な汗をかいていた。
シーツを強く握りしめていた。

殺気丸出しの自分の鼻先数センチの所で、でも彼女は微笑っていた。幸せそうに。
瞼はおりたまま。
「エリザベス……?」
恐る恐る声をかけてみる。
返事はなかった。返ってくるのは相変わらずの平和な寝息のみ。
オレはホッとして小さく息を吐く。
「何だよ、驚かすなよ」
そう言うと、エリザベスの額にコツンと自分のそれを当てる。

ピンク色の小さな口はとても嬉しいことがあったかのようににっこりと横に引き上げられ、頬も心無しか少し紅潮している。
そのピンク色には覚えがあった。

『ほら、これがクイーン・エリザベス。ピンクが可愛いでしょ!』
誇らしげに自分の名を冠した薔薇について語って見せた少女の姿。
でも、その花を教えてくれた彼女はピンクの薔薇よりも剣の方がよく似合っていたけれど。

鎧と剣と魔法と。
灰色の世界を僅かに彩るピンクの小さな薔薇の花。

手を出せるはずがない。

「罪深い……か」

その通りだ。
オレは、オレの罪は深い。
永劫赦されることはない。

だけど……だから
「エリザベスは絶対守ってみせる」

そう呟いた時、エリザベスが小さく身じろぎした。
それはまるで、ううんと首を横に振っているかのように見えた。

自分の身を顧みず、他人の為に涙を流し、剣の前に身を投げ出す王女。
全てを守ろうとするお前。

そのお前一人を守ることが出来たら、オレの罪は少しは軽くなるんだろうか。

 

ー 終 ー

 

 

ひとこと

メリエリはどうなるんでしょうね。うーん、鉄板CPではあるんだけどラストが読めませんね。
メリオダスがどうしてエリザベスを守ることに固執するのかもイマイチ実はわかってなかったりする私です。すみません。いや勿論、過去の恋人とかエリザベスの秘められた能力とか、まぁその辺はわかるんですが、でもどれも今ひとつしっくりしないというか。でもでも、それでも鉄板ということには変わりはないんですけどね。

メリオダスの許容範囲の広さが好きです。特にバンとの掛け合いが激しくて好き。流血しまくってるけどね。明るい男同士の対決が好きなんです。
一番大切なものは譲らず(彼らにとっての一番大切なものが実は女の子だったりするのが、また美味しい)それを踏まえた上での仲間意識の強さと程よい適当さが「七つの大罪」の魅力だと思うのです。
にしても、ここまで完璧に見事にほぼ主要全キャラがカップリングされてる漫画って珍しいなーと。本当は妄想の余地がないくらいなんですが。でも、その重箱の隅をつつくのが私の趣味なんです。あー、楽しい。

 

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