二人の記憶(キンディア)

 

 

 

ー 二人の記憶 ー

 


 

「エリザベスの髪の毛ってキレーだね」
「え?」
見上げたら、ニコニコ顔のディアンヌが見下ろしていた。

「銀色でキラキラしてて打ち立ての鋼みたい。ちょっとの風でふわーって広がって、また戻るところは鳥が羽を動かしてるみたいだし」
「ありがとうございます」
エリザベスは心を篭めて礼を言った。それから笑顔で口を開く。
「ディアンヌの黒髪は艶やかで、毛先が少しカールしていて、動くとふんわり揺れるのがとても可愛いです。私、ちょっとだけ羨ましいなぁって思ってたんです」
「え、本当?」
「はい。黒は女の子を大人っぽく上品に見せてくれるんだって、ベロニカ姉様はよくおっしゃってました。でも、私はどうしても黒が似合わなくて……」
「……へぇ」
ディアンヌは自らの髪の毛をつまんで目の前まで引っ張ってくる。

エリザベスはそんなディアンヌを笑顔のまま見つめた。
ディアンヌは女の子らしい仕草がよく似合う。たまに嫉妬心が表に強く出ると人格が変わったようになってしまうけれど、そうでない時は本当に可愛く、妹のように感じることすらある。
でも、人間である自分のきっと何倍も長く生きているだろうことは、エリザベスもよくわかってはいたけれど。

「ディアンヌはいつも髪の毛を横に二つに分けていますよね。可愛くて元気で、とてもお似合いですよ」
「えへへ。エリザベスって人を褒めるのが上手だねぇ」
ディアンヌは二つのテールの先を手で掴むと自分の前に持って来て、照れくさそうにその中に顔を隠した。
「気付いた時にはこの髪型だったんだぁ。だから何となく変えられなくて」
「気付いた時?」
「うん」
「あ!もしかしてお母上が結って下さったとか?」

エリザベスがそう聞いたら、ディアンヌはふるふると首を横に振った。
「ううん。ボクね、ある年齢から下の記憶がないの」
「え?」
「だからお父さんとかお母さんとかの顔も知らないんだ」
ぺろっと舌を出して笑う。
エリザベスは下を向いて胸を軽く抑えた。
「……ごめんなさい」
「あ、ううん、いいんだよ」
パタパタと横に手を振りながら、ディアンヌはふわりと柔らかく笑った。

「だって起きた時ね、ボクすごく幸せな気持ちだったの」
「幸せな気持ち?」
「うん」
「お花のすっごくいい香りがしてね、ボクこうやって振り返って……」
言いながらゆっくりと首を回す。
でも、そこで言葉が止まった。
何かを探すような眼差し。
遠い、遠い記憶の欠片。
どこで、誰と、いつの記憶?

「……ディアンヌ?」
しばしして遠慮がちにかけられたエリザベスの声に、ディアンヌはハッと我に返る。
「あのね。すっごくすっごくいいことがあったんだよ」
「はい」
「……覚えてないんだけどね」
エリザベスは微笑んでみせた。
「大丈夫。いつかきっと思い出せますよ」
「うん!」

ディアンヌの大きな手がエリザベスを優しく包んで持ち上げた。大切なものを扱うように頬を寄せる。それから頭をゆっくりと左右に振った。黒い髪の固まりがふわふわとエリザベスをくすぐる。
「ほら、ふわふわでもふもふでしょ!」
「ええ。くすぐったいです」
「だからね、この髪型とお洋服はボク変えないんだ。そしたらきっと、その人はボクのこと見つけてくれるもの」
「ディアンヌ……」
「だって約束したから!」
ドンと自分の胸を叩いて、それからディアンヌは首を傾げた。

「……あれ?ボク、約束、したんだっけ?」
きょとんとするディアンヌに、エリザベスはハッと気付いたように口を開いた。
「もしかして記憶が戻りかけているのでは?」
「え、そうなのかな……えーと、約束……何か大切な約束をしたような」
「はい!」
エリザベスは「頑張って!」と言うように手をグーにして前のめりになる。
ディアンヌも同じように手をグーにして、じっと目の前の岩を眺める。

岩の割れ目から小さな花が顔を覗かせていた。
薄い水色の花弁を持った、素朴な、でも凛として孤高に立つ、それでいてどこか寂しそうな花。

『なんでも一つだけなら叶えてくれるって言ったよね?
じゃあ
……ボクをずっと……』

「ずっと……何?」

そのまま遠く細く消えていこうとする記憶。
それを留める術をディアンヌは知らない。
「……ディアンヌ?」
 ぱたり
音がして何かが地面に落ちた。
大粒の涙。
大きな一滴は、草に跳ねて辺りに散った。
エリザベスはディアンヌの膝に手を当てて優しく微笑む。
「とても大切な記憶なんですね」

 

その時、少し離れた<豚の帽子>亭の扉が開いて、金髪頭がひょっこりと顔を出した。
「エリザベスとディアンヌは何をやってるんだ?」
メリオダスは、扉の横でふよふよとクッションに寝そべって怠惰を貪るキングに問いかける。
「……さぁ」
キングは明後日の方角を向いて生返事をした。

それからぼそりと呟く。
「ディアンヌさ、嬉しそうだよね」
「そうか?」
「うん。エリゼベス様とだと、女の子同士だから色々会話出来るんだろうな」
「ま、確かにマーリンとじゃあ、あんまり女の子同士って感じじゃないものな」
「はは、確かに」

メリオダスは一歩外に足を踏み出すと、声を張り上げて野原の二人に手を振った。
「おーい、看板娘!ウェイトレス!ちゃんと働けよ!!」
「あ!ごめんなさい!」
メリオダスの声に慌てて駆け戻ろうとするエリザベス。
でも3メートルもいかない内につまずいて転んでいる。

「ねぇ、団長ぉ、こんな山の中じゃ呼び込みしても意味ないよぉ」
ディアンヌが口を尖らせるのを、メリオダスはチッチッと指を横に動かした。
「そんなことはないぞ。ここは立派な炭坑なんだ。前に来たときはエールを求める労働者がいっぱいでなー」
「……あのさ、それ一体何十年前の話?」
上空のクッションからの突っ込みにメリオダスは顔を上げた。
「え?」
「ここの炭坑は大分前に潰れたって聞いたけど?」

 

「あーあ、今日は実入りなしかよ」
ため息をつくメリオダスの後ろでは宴会が始まっていた。
「たまにはいいじゃん?店休日もさ」
ガハハと笑いながらエールをかっくらうバン。
「バン、おまえ、店の商品飲み過ぎ!」
ジョッキを取り上げるメリオダスにバンが抱きつく。
「ああっ!そんな固いこと言うなよぉ、だんちょー」

「オイ!そんなことより、残飯処理騎士団としてのこのホーク様の仕事まで休みにするな!!」
プギーと現れたブタに、エリザベスがお盆を胸に抱えてしゃがむ。
「あら、ホークちゃんのご飯はもう用意してあったでしょう?」
「フッ……、エリザベスちゃん。あの程度の量のご飯なんか、俺にとっては朝飯前さ」
「つまり、おかわりが欲しいのね?」
言って、エリザベスはシチューの入った皿を下に下ろした。
「さっすがエリザベスちゃん、出来るウェイトレスは仕事の段取りがいいねぇ!」
トトン、トトンとブタの爪が床をひっかく音。

 

キングはふわふわと中空を漂いながら外に出た。
「あれ?キング?どうしたの?」
外ではディアンヌが牛の丸焼きに美味しそうにかぶりついていた。
「いや、中はうるさくてさ」
「あはは。バンがいるっていうだけで、3倍くらいうるさくなるよね」

楽しそうにディアンヌは笑う。
それから、ふと気付いたように食べかけの骨付き肉をキングの目の前に差し出した。
「キングも食べる?」
こってりとした肉汁の脂の臭い。肉を焦がす炎の気配は、妖精にはちょっとキツイ。
「いや、オイラはいいよ」
さらっと答えて風上に移動する。

「キングは小食だね」
「まぁね」
「エリザベスも小食だよね」
「そうかな?」
「……あのさ、男の人ってさ、やっぱり小食の女の子の方が可愛いと思うのかな!?」

遠慮がちな声に、キングはディアンヌを見下ろす。
「え?」
「団長もやっぱりそういう子の方がいいのかな」
ディアンヌの顔が下に向いていた。キングは慌ててディアンヌの目線の高さに降りると手をパタパタと振った。
「ううん!元気にたくさん食べる方がいいとオイラは思うよ!」
「そう?」
「うん!」
「そっか……じゃあ、いっか」

そう言うと、ディアンヌはまた嬉しそうに牛の肉にかぶりつき始めた。
キングはホッとため息をついて空を見上げる。
外はすっかり日も暮れ、遠く宵の明星が瞬いていた。
人の世界はあっという間に移り行くけれど、でも空は変わらない。
きちんきちんと定期的に星は巡り、また去る。

気付けばディアンヌが鼻歌を歌っていた。
知らない曲。
「ディアンヌ、嬉しそうだね」
「うん」
ディアンヌはこくりと頷いて、優しく<豚の帽子>亭の窓から漏れる光を見つめた。
「すぐ隣に人がいるって嬉しいね」
洞窟の中、一人は嫌だと泣きじゃくるディアンヌの姿を思い出す。
「……そうだね」
キングは答えると、そっと目を閉じた。

 

ー 終 ー

 

 

ひとこと

初「七つの大罪」。なんか中途半端ですけどキンディアです。10巻のキング回想から妄想が膨らみました。
「七つの大罪」は、とにかくディアンヌが天使です。メリエリもバンエレも、ギルマー(?)も素敵だけど、キングの「他人の為に戦う時に最強になる力」ってのがやっぱりツボですわ。

 

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