みやこには恋しき人のあまたあれば なほこのたびはいかむとぞおもふ

訳:都には恋しく思う人が大勢居るので、やはりこの度の旅は生きて帰りたいと思う。
(『度』と『旅』は掛詞)

出典:『後拾遺 恋三 七六四 藤原惟規』

作者:藤原惟規(ふじわらののぶのり): 藤原為時の子で、紫式部の同母兄または弟。
本当に死ぬ直前に筆を持って詠んだ歌とされています。でもって、最後の思う(思ふ)の「ふ」まで書けずに筆を落としたとか…。

紫式部の兄弟というと、紫式部が幼少の頃にスラスラ漢文を読むのに対して、その兄はイマイチ・・・みたいな、紫式部の天才ぶりエピソードがすぐ思い出されますが、この惟規さん、天才の妹(または姉)とはまた別の意味での天才で秀才だったようです。

お父さんの藤原為時さんは儒者(学者)で漢詩人。30代で東宮師貞親王の御読書始において副侍読を務め、師貞親王が即位して花山天皇となった後も漢詩の先生として仕えて出世したのですが、政争により花山帝が退位して一条帝の時代になると官位も貰えず没落。でも、ある時に一条帝に漢詩を奏上した結果、既に決まっていた除目が覆されて越前守に栄転。その裏には道長さん一族の過去の裏事情もあったようです。でも、越前守に内定していて取り上げられてしまった源国盛さんは納得がいかずに病死。
 何とか越前守になった為時さんが越前に赴任したのを追って、息子の惟規くんが越前入りするも旅の途中で病を得て、越前に入ってすぐ上記の和歌を詠んで亡くなるとは・・・

なんだか数十年数代にも及ぶ怨念めいた都事情を感じてしまいました。
でも、それとは別にしても、この歌はどこか優しく切なく、そして力強さに溢れていて、私は好きです。

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